建築BIMの時代13 建築エンジニアを目指して
2021.07.29
ArchiFuture's Eye 大成建設 猪里孝司
ついにオリンピックが開催した。世の中にはさまざまな意見があるようだが、脳天気な私は
世界トップレベルのアスリートの雄姿を見られることが、ただただうれしい。チケット抽選
にはかすりもしなかったので、もとよりテレビ観戦の予定だった。待ちに待っての無観客試
合は残念であるが、4年に一度しか見られないスポーツの祭典である。日本選手の活躍を楽
しみにしている。
「建築家として生きる ―職業としての建築家の社会学―」という本を読んだ。“社会学の観
点から日本の建築家について検討し、その実態を明らかにする”ことを目的として書かれてい
る。フランスの社会学者、ブルデューの知見を応用し彼が提唱する「界」や「資本」という
概念を通して、建築家の社会を“建築家界”として解き明かしている。建築家の職業としての
価値観や“建築家のエートス”とそれを涵養する建築教育の分析など首肯することが多々ある。
著者自身がかつて建築家を目指しただけあって、単なる外部からの分析ではない説得力が
あった。的確な引用も大変参考になる。ちなみにコラム仲間の山梨さんのご発言も引用され
ていた。
また、1970年代以降の建築家の変容にも言及されており、「コンピュータ・テクノロジーの
進展と建築家の職能の変容」として1章が割かれていた。CADとの関係を中心に書かれてい
るにとどまっているが、「建築家の職能の信頼構造」という分析は示唆に富む。CADやCGを
利用することで、その技術を習得した者は、建築家でなくても分かりやすくきれいな図面や
パースを描くことが出来るようになった。建築家が努力してCADやCGを使いこなすことが
“テクノロジーに依存するほど、職能の信頼や権威を縮減させていく現実”を招いているとい
う。これは建築家に限らず多くの設計者が直面している課題だといえる。その対処として
“専門家に対する「信仰に似た信頼」”を捨て、“「リスクを共有する」関係”に移行させるこ
とで信頼を獲得した建築家の事例が紹介されていた。「リスクの共有」という視点からBIM
やデジタル技術の利用を考えてみることも必要かもしれない。
同書では、大学での建築教育を“「建築家のエートス」を涵養する場”として考察していた。
的確な分析で、懐かしく面白く読んだ。私は日本の建築教育は素晴らしいと思っている。課
題解決よりも課題発見、分析よりも総合に重きを置いていることを評価している。探すこと、
探求することの訓練ではなく、創り出すことの訓練を行っているところに価値がある。物事
の本質をとらえた上で、新しい価値を創り出すための訓練は、単に「建築家のエートス」を
涵養するだけでなく、社会に貢献するための思考とスキルを身につけさせてくれる。ビジネ
ススクールでの教育にも匹敵すると勝手に思っている。このような教育を受けた人材の活躍
の場が、建築に関わる世界だけにとどまるのは大変惜しいことである。日本の建築教育が他
分野でもっと評価されることを願っている。
私は早々に“建築家界”に足を踏み入れることをあきらめ、建築設計外縁の技術者の道を選ん
だ。私のことはさておき、素晴らしい建築教育を受けた人たちが建築エンジニアとして、
BIMだけでなく建築に関連するさまざまな分野で数多く活躍していること、そして社会を支
えていることを一人でも多くの人に知ってもらいたいと思う。