【BIMの話】あきないBIM
2021.08.20
パラメトリック・ボイス 竹中工務店 石澤 宰
前回のコラムでもっとでんぱ組.incについて語らなければならない、というようなことを(本
題ではないにしろ)書かせていただいたところ、なんとそのお話でND3Mさんから登壇のオ
ファーをいただいてしまい、嬉しい反面いよいよそのような自分が衆目に晒されて大丈夫なの
か不安に思い始めている今日このごろです。
さて、その中で「自己内の多様性を表に持ち出せと言ったのは誰だったのか。私です」とサラ
リと書きましたが、過去のコラムを見返すとそんなにはっきりとは言及していなかったことに
気づきました。たかだか50本コラムを書いただけで何が既出か混線してくるのはだいぶ問題で
すが、何百本とストーリーを生み出す人気の作家やクリエイターの方々は自ら生み出したキャ
ラクターやストーリーをどう管理しているのでしょうか。もはや謎です。
それらしいことには時々言及しつつも、はっきりとこの連載の中で書いたのは【BIMの話】落
語なら「あたま山」(2019年2月28日掲載)でした。上記「自己内の多様性」とはここで登場
したIntra-personal diversityという言葉を指しています。その際には「一人内多様性」という
訳語をあてましたが、2021年8月現在では「個人内多様性」という訳語も見るようになりまし
た。
早稲田大学大学院 入山章栄氏は日経チャンネルの動画で、「世界の経営学から見たワーケー
ションの意義と可能性」と題し、ワーケーションの文脈から個人内多様性について言及されて
います。企業にとって欠かせない知識にとってのダイバーシティとは知と知の組み合わせによ
るものであり、それは組織そのもののダイバーシティによってだけでなく、個人の中の様々な
知識の組み合わせでも起きる。マルチキャリアを持っている人々はこの点でアドバンテージが
あるが、マルチロケーション、つまり仕事をする場所を変えることによっても、環境の変化や
体感による気づきなどから組み合わせが生まれ、「知の探索」が可能になる、というものです。
総務大臣補佐官等を経て現在はNew Stories代表の太田直樹氏は、日本の未来は「都市集中シ
ナリオ」か「地方分散シナリオ」に大きく分かれてゆくなか、大都市への一極集中は止められ
なくとも、地方に「一極集中のオルタナティブ」を作ることが重要で、「地方にイノベーション
の種がある」とし、多拠点生活を送ることのメリットについて、「企業や組織、地域の垣根を
超える人材を経営学では『越境人材』と呼び、明らかにイノベーションを起こすとわかってい
るからです~(中略)~そこを経営者に気づいてほしい」とインタビューで述べます。
企業経営という視点からみて、個人内多様性の豊かな人や越境人材など、いかに期待を超える
パフォーマンスを発揮する人材を育てていくかは課題であり、その方法論は謎めいているよう
にも思えます。しかし概ね、別な支店や海外拠点、別会社などへのキャリアのローテーション
を経験させることは、新しい視点の獲得や思い込みを払拭するアンラーニング、チームビル
ディングなど様々な面でプラスとなりうる転換点と考えられており、これまでも人事はそのよ
うな施策を講じて来たと思われます。
しかし制度の常態化に伴い、運営は標準化されて物事は計画しやすくなりますが、その効果は
薄れていく傾向が考えられます。新鮮味や意外性のある打ち手によって、また学ぶ意欲をリフ
レッシュし、組織ではなく「組織内の個人に」多様性が蓄積され、業務でそれがジワジワと発
揮される。知の探索とイノベーションの観点から、そのためのツールのひとつにテレワーク、
リモートワーク、ワーケーションなどに代表されるマルチロケーションな働き方を位置づける
ことは可能そうに思われます。
人間は自由にあちこち行動しているようでいて、前後の文脈や周囲の環境、ないしは自身の慣
習の力によって、人間は「だいたいそこか、さもなければあそこ」くらいの行動をとっている
ようです。企業でフリーアドレスを採用しても、特段のルールを設けなければ毎日同じ席に座
り続ける人が多いことは知られています。そうした状況を変えるには、自ら場所を変えること
を選択肢に入れておく、というのは悪いことではなさそうです。
私も自分自身を振り返れば、部門が変わった時や拠点とする国が変わったときには大きな学び
を得ました。そのことが今では、頼りにできる人のネットワークや、打ち手として考えられる
アイディアの数につながっている感覚が確かにあります。しかし、「学生時代にこの会社で今
のような仕事をしている自分を想像できましたか?」と聞かれれば、「夢にも思わなかったし、
想像は遥かに超えている」と即答すると思います。そのような方は多いでしょう。
ジョン・D・クランボルツのキャリア理論「計画的偶発性理論(Planned Happenstance
Theory)」では、ビジネスパーソンとして成功した人にとってのターニングポイントの8割は、
本人の予想しない偶然の出来事によるものであることから、その事実にもとづき意図的に行動
することでチャンスを増やすことができる、としています。意図的に普段と違うことをする、
という行動を促す一つの理由として考えられそうです。
私はと言えば、在宅勤務にもすっかり慣れてきて、また出張などの機会も得づらい昨今、何か
できることはないだろうかと、グリーンインフラ・生物多様性保全の研究開発フィールドとし
て当社技術研究所内に設けられた「調の森」で半日仕事をする、というのをやってみました。
これまでも移動中や空港ラウンジ、シェアオフィスで仕事をするということは多々あったわけ
ですが、では私たちのようなオフィスワーカーが外で仕事をすると決めてかかった場合はどう
なるのか、という実験を兼ねての取り組みでした。
その日は幸い天気も気温も悪くなく温熱環境としては快適だったものの、やってみたらみたで
色々と発見もありました。つらつらと列記してみますに、
- Wi-Fiはなんとかできるが、電源がないと半日も働けない。
- トイレや飲み物まで遠い。ウォーターボトルを用意するなどある程度準備が必要。
- 風が強いとオンライン会議のマイクにノイズ(フカレ)が乗りやすい。
- タープやテントの下、複数人でオンライン会議を始めると音が混ざりやすく、距離を取 る必要が出る。
- 風や日射があるため、オフィスウエアよりアウトドアウエアの方が快適。
研究所メンバーに聞いたところ、ビオトープを整備した当初はボウフラが多く見られたのがい
つの間にかいなくなっており、ヤゴが全部食べてしまったのではないかとのこと。パーマカル
チャーに詳しい方に聞くと、そのようなことは実際あるそうです。知人で除草作業のために農
園からヤギを借りて飼っている家があるのですが、その方も最大の敵はブヨだと言っていたこ
とを思い出し、ノマドワーク最大の敵は虫なのではないかと思うに至ったりしております。
また一つ賢くなった、というくらいに思っていた上記の話ですが、思わぬところで話はさらに
つながり、「農作物への獣害に対してデジタルなまちづくりが出来ることとは?」や、「建築
の植栽空間でパーマカルチャーは可能か?」などの話につながりつつあります。そして、まだ
今はうまく説明できないのですが、建築におけるコンピュテーショナルデザインというのは、
こうした領域との接続を可能にするために必要である、というステージに向かいつつあるので
はないかと感じるようになりました。
人生に無駄なことなどない、とはよく言うものの、それを1・2度そうかもしれないと感じる
ことこそあれ、「どんなに突飛だと思うことをやっても、まだまだその先にはたくさん人がい
て、その人と楽しく話せるようになってからがまた勝負だ」というような考え方になったのは
本当に最近のことです。そのときに自己紹介がわりにお示しできる自分の専門性があるのだと
したら、私の場合は建築設計がそうであったということ、のようです。
商売はあきない、商いであり「飽きない」ことでもある、という言葉を思い出します。BIMも
普及し始めてからはや幾年、その知名度も上がりつつ、耳にタコが出来てしまった、もう目新
しさもなくなってしまったという方もいらっしゃる感があります。それが何であれ、マンネリ
や陳腐化は避けられないし、期待感もいつまでもは続きません。しかし、そのBIMをどうして
いくか、そこから何に広げていくかこそ、これからの領域です。
だからといってBIMとアイドルが掛け算できるのか、というのは私自身にとってまだまだ謎め
いてはいるのですが、これを一個人の中に放り込んでしばらく置いておくと勝手につながりが
見えてきたりするのだから不思議なものです。
そもそもアイドルがどうのヲタクがどうの、という話をするわりに私はめっぽうライトな関わ
り方で、いわゆるガチヲタの方々とは決して並ぶことが出来ない程度の存在ではあるのですが、
そのことを自覚しながらライトなヲタクとしての立場をわきまえて話をしなければとあらため
て自戒します。しかしこれが難しい。話し始めるとつい偉そうに、何か知ったようなことをつ
い言いたくなってしまう。もとがおしゃべりなのでなおさらです。
でんぱ組.incのプロデューサー福嶋麻衣子氏が「何が尊いのか言葉できちんと表現できないオ
タクは問題」という趣旨の発言をしていたことを思い出してヒヤヒヤしています。大丈夫なの
かしら。疑問は尽きませんが、あちこち渡り歩きながら考えるのが吉であるようです。