福岡発の積極的なBIM推進で団体の垣根を超えた
取り組みを実現<福岡県建築士事務所協会>
2021.08.25
一般社団法人 福岡県建築士事務所協会は、地域のBIMの普及と推進を目的に掲げ、近年さまざ
まなBIMに関する活動を行っている。BIMのセミナーやソフトウェアの操作講習会をはじめ、
ハイスペックなパソコンを揃えたスクールルームを整備し、会員が気軽にBIMソフトを試せる
環境なども提供。同協会の取り組みへの注目度は高い。
また、BIMの普及をより加速させるため、2020年には同協会の岩本会長が中心となって九州の
8団体で構成される「BIM推進協議会」が立ち上げられた。これは、意匠・構造・設備・積算な
どの分野の垣根を超えて、各団体が手を組んだもので、今後の展開が期待されている。
今回、福岡県建築士事務所協会のBIMに関する具体的な取り組みやBIM推進協議会を発足させ
た狙いなどを会長の岩本茂美氏、常任理事の上野裕平氏に伺った。
BIMに関する講習会で中小の設計事務所をバックアップ
一般社団法人福岡県建築士事務所協会は、福岡県内の470を超える建築設計事務所が会員とし
て所属しており、1977年の創立以来40年以上にわたって、福岡の建築文化の向上などに寄与
している。傳設計 代表取締役の岩本茂美氏が会長に就任してから、若い世代の育成や技術の
伝承により力を入れており、最近は特にBIMの普及活動を精力的に行っている。
こうした同協会の活動の背景には、岩本会長が抱く想いがある。「設計事務所のうち約8割は、
少人数で運営しているのが現状です。ICT利用が加速する中で今後も設計事務所が生き残るた
めには、実務でBIMを本格導入する必要があると思いますし、早めに手を打たなければなりま
せん」と岩本氏。
設計士たちの将来のため、協会としてBIMの推進は欠かせないと考えたのがきっかけだという。
また「私が代表を務める傳設計でもBIMを約5年前から導入していますが、作図レベルでは
4~5倍くらい生産性が上がりました。一番実感したのは、工事費の概算について把握する精度
の向上です」と経営者目線でBIMの効果と実際を説明する。岩本会長のリーダーシップのもと、
同協会の具体的な取り組みの1つとして2018年度からBIMの概要を学ぶセミナーや、BIMソフ
トの体験講習会を行っている。「これらの会場として、傳設計の“スクールルーム”を提供して
います」と岩本会長。福岡の中央区に社屋を構える傳設計のスクールルームには、ハイスペッ
クなPCが約20台も取り揃えられている。さらに、これらのPCには数種類のBIMソフトが導入
されているため、会員はその中から自身の好みのBIMソフトを選び、快適に使用することが可
能となっている。
岩本会長のこのような計らいで、全国的にも類まれな整った学習環境が整備されているのだ。
「ソフトの操作性やコスト面が心配などといった理由で、中小の設計事務所にとって、最初の
一歩が踏み出しにくいのも事実です。そのような会員に、BIMというものにまずは触れてもら
い、気軽に学んでもらうことに主眼を置きました。もちろん当協会では深く学習できる機会も
用意しています」。岩本会長はBIMに対する最初のハードルを下げることが、BIMの活用促進
と全体の底上げになると話す。
積極的な活動で福岡から全国にBIMの活用を推進へ
これらの講習会は、同協会の常任理事である上野裕平氏が、主に企画を担当している。上野氏
は同協会でBIMに関するあらゆる業務を担っており、BIMの使い手として協会内外からの信頼
は厚い。講習会は上野氏が講師を務める場合や、BIMの専門家などを講師に迎える形式など、
会員に寄り添った形で実施されている。
「2020年度はコロナ禍もあり難しい状態でしたが、基本的には約2~3ヵ月に1回ほどを目安
に開催をしています。BIMソフトの未経験者や初心者など、幅広い層に受講してもらい、好評
を得ています」と上野氏は語り、受講後にBIMの導入を決意する会員も多いそうだ。
「九州の人たちは新しいもの、便利そうなものを知ると、“とりあえずやってみよう”と始める
前向きな方が多い」と言い、この地域ではBIMへの意欲自体は高いとも指摘する。
また、他県の団体とも連携して講習会を行っており、例えば宮城県や山形県の建築士事務所協
会と座談会形式での開催実績もあるという。「東京などは組織事務所もあるのでBIMやICTの
情報が集まりやすいと思います。協会としては、最新の情報をいち早く収集し、九州の設計士
をはじめ、ほかの地域にも届けることは重要な役割だと思っています」と、情報を伝達するハ
ブのような活動にも力を入れていると語る。
上野氏自身は、およそ10年以上前から3DCADを触り始め、その後BIMに移行した。所属する
建設コンサルタントのE-SYSTEMでは、同社が建築設計部門を立ち上げるときに責任者として
着任。現在は部長として、BIMを使ったさまざまな案件を指揮している。「私がBIMを始めた
理由は、業務の効率性を求めたことが最大のきっかけです。BIMは平面図から断面図、建具ま
で図面の連動性があり、生産性が上がると考えました」と当時を振り返る。
また上野氏は、さまざまなBIMソフトの使用経験があるが、それぞれ長所があると説明する。
その中で、設計事務所出身の上野氏は、設計者にはArchicadが使いやすいと話す。「特に意匠
の分野は、施主の要望などからイメージを膨らませて形にしていくので、Archicadはその点の
親和性が高いといえます」。そして「BIMx」というツールは施主へのプレゼンテーションに
役立つという。「このツールは、実際に3Dモデルの中にウォークスルーで入っていけるため、
竣工後のイメージを伝える場合などに役に立ちます。設計者側の意図をはじめ、外観や内観の
細かい部分まで施主に伝えやすいですね。竣工後に施主と齟齬が生じることも防げます」と、
設計者にとっての営業ツールとしても効果的だと話す。
上野氏は「このようにソフトの良い点や概要を伝えるほか、今後は、より高いレベルでのBIM
講習なども行っていきたいと考えています。会長を筆頭に、協会としてどのようにBIMを推進
していくかは常に工夫して考えていきたいです」と今後の展望も語る。
団体の垣根を超えてBIMを実践し未来を拓く
そして「さらにBIM普及を進めたい」という想いを持つ岩本会長が、複数の団体に声をかけ、
2020年7月に立ち上げたのが「BIM推進協議会」だ。集まったのは、福岡県建築士事務所協会、
福岡県建築士会福岡地域会、日本建築家協会九州支部福岡会、日本建築構造技術者協会九州支
部、福岡県設備設計事務所協会、日本建築積算協会九州支部、日本建築学会九州支部福岡支所、
日本コンストラクション・マネジメント協会九州支部の8団体。意匠・構造・設備・積算など
の分野を越えての協力体制が実現した。さらにシステム、技術、事業の3つの部会を設けて中
小の設計事務所がBIMに取り組むことができる環境の整備活動も進めている。
現在、BIM推進協議会が意欲的に行っている活動の1つとしては、企画から設計、工事管理まで
BIMデータをシームレスに最大限に活用することだという。上野氏は「BIMソフトで、各フォー
マットのデータをシームレスにやり取りできるようにしたいです。異なるソフト間でIFCファ
イルを渡しての読み込みや、構造設計事務所でデータをどう作成してもらうのがいいのか、と
いったことを検証しています」と説明する。
「なかなか難しい部分も現状ありますが、垣根を超えて交流することで、建築業界全体での
BIM普及に繋がると思いますし、継続的に取り組んでいきたい」と抱負を語る。
また、そのほかに会員の設計事務所が受託した業務について、複数の事務所が設計JVのような
かたちでBIMソフトを用いた設計を行うことにも着手しているという。岩本会長は「中小の設
計事務所がBIMを中心に実務を進めることで、BIMの普及はいっそう加速するはずです。そし
て、BIMで協働する経験値を積み上げていくことで、時代の流れに沿って、設計事務所が規模
を問わずに互いの長所を活かしながら働くことのできるスタイルを提示したい」と力を込める。
今後、福岡県建築士事務所協会の取り組みに、ますます期待が集まるだろう。