新世代の高速レンダリングが変革する3D制作の現場<隈研吾建築都市設計事務所>
2021.09.08
東京オリンピック・パラリンピックのメインスタジアムである国立競技場をはじめ、国内外で
さまざまな規模と用途のプロジェクトが進行している、隈研吾建築都市設計事務所。豊かな素
材使いや繊細な部材を多用しながら斬新な表現を求める同事務所には「CGチーム」があり、
以前からCGを駆使し精緻な3DCGやイメージパース、ムービーの制作に積極的に取り組んでき
ている。
今回は、展覧会「隈研吾展 新しい公共性をつくるためのネコの5原則」の映像作品におけるハ
イクオリティな3DCGの制作に関するお話を中心に、同事務所の松長知宏氏、鈴木公雄氏、土
江俊太郎氏に伺った。
ネコの視点を3DCGで表現し「東京計画2020」を提案
世界的な建築家・隈研吾氏の展覧会「隈研吾展 新しい公共性をつくるためのネコの5原則」が、
2020年11月3日から、2021年9月26日まで開催中だ。高知県立美術館からスタートし、長崎
県立美術館を経て東京国立近代美術館と巡ったこの展覧会は、隈研吾氏のこれまでの作品の中
から公共性の高い建築を、模型や写真、モックアップなどにより紹介するとともに、VRや3D
CG映像などのコンテンツも展示されている。
今回の展覧会で、ひときわ注目を集めた映像作品が「東京計画2020ネコちゃん建築の5656原
則」。この映像作品は、都市を住処とする半ノラのネコの視点から人間の生活の新たな方向性
を見出すリサーチプロジェクトだ。「丹下健三さんが「東京計画1960」を発表したときの日本
は高度経済成長のピークにあり、「1960」も都市を東京湾に拡張するという鳥瞰的な視点での
計画でした。一転して今回の「東京計画2020」は少子高齢化で縮小傾向にある現在の東京に
おいて、視点をぐっと下げて、既存のハコ(建築)の隙間を縫うように生活するネコの視点を
体感することで、これからの都市の在り方、新しい公共性を模索しようという試みです」と隈
研吾建築都市設計事務所(以下、KKAA)の土江俊太郎氏は語る。
「当初はビデオカメラをネコに取り付ける案や、我々スタッフがカメラを持って現地で歩くと
いうことも考えましたが諸事情により実現が難しかったため、2匹のネコにGPS機器を取り付
けてネコの動きを記録し、3DCGで表現しようということになりました。
背景の街並みからネコやエフェクトに至るまですべてをCGとすることで、実写ではできない
表現を試みることもできるため、我々の伝えたいことは十分伝えられるということでCGでの制
作がスタートしました。映像のクオリティやデータの取り回しのしやすさからUnreal Engine4
を採用しましたが、これが当事務所では初めてゲームエンジンで制作した作品となりました」
と土江氏。
ほぼ全部のシーンをリアルタイムレイトレーシングで実現
まちに選んだのは東京・神楽坂だ。土江氏は「この映像作品はTakram様との協働で作られた
もので、実際に神楽坂に住みついているネコの視点を借りて、まちを見つめ直す取り組みにな
ります。映像では3DCGやプロジェクションマッピングなどの技術を使って、彼らの行動やそ
の舞台となる都市空間を表現しました。ネコのアニメーションをはじめTakram様側がクオリ
ティの高い制作物を用意して下さっていたので、背景や小物等全体のクオリティもそれに合わ
せて引き上げていく必要がありました」と語る。
KKAAでは継続的にHPワークステーションを導入していて、この時使用していたのはHP Z8
G4 Workstationだった。この最初の時点でKKAAが使用していたGPUは「NVIDIA RTX 5000」
で高性能なものであったが、クオリティを上げていく中で、さらにハイエンドなGPUを使いた
いということになり、NVIDIAと日本HPに相談をしたところ、ウルトラハイスペックなGPU
「NVIDIA RTX 8000」を2枚搭載したHP Z8 G4 Workstationが特別に貸し出しされることに
なった。
「NVIDIA RTX 8000」が貸し出された時は、結構プレッシャーがあったという土江氏だが、
使用してみての感想は「ほぼ全編リアルタイムレイトレーシングを利用しているのですが、
GPUのパワーのおかげで高速にイテレーションを回すことができました。
制作途中の打合せでもほぼ最終ルックと同じレベルのものをオンラインで共有しながら進める
ことができたため、スムーズな進行ができました」とのことだ。
「NVIDIA RTX 8000」を使って、ここが一段とクオリティが上がったなというシーンを土江氏
に尋ねると、「一番負荷が高かった公園の中のシーンですね。今回制作した5シーンはひとつの
レベルデータの中にまとまっているのですが、これだけGPUのパワーがあると細かなシーン
分割や描画負荷低減のための施策などにあまり時間を割くことなく制作を進めていけたので助
かりました」と語った。
新世代GPUの驚愕のスピードが想像させる新しい世界
KKAAの「CGチーム」の体制について、KKAAの松長知宏氏に伺ったところ、「社内ではCGチー
ムと、CGチーム内に3Dチームのような形ができて、職務としては棲み分けがだんだんできてき
たところです。CGチームは7人、3Dチームは5人で計12人の体制となっています。パース中心
の制作がCGチームで、特にパースに限らない、パラメトリックモデリング的な領域などを3D
チームが行っています」とのことだ。
NVIDIAでは、GPU「NVIDIA RTX A5000」(以下、RTX A5000)を今年の4月に販売開始し、
7月から出荷を開始したが、KKAAではA5000をいち早く試用しているところだ。前世代の
「NVIDIA RTX 5000」(以下、RTX 5000)と比較すると搭載しているメモリーも16GBから24
GBに増強され、大体2倍速いイメージだ。
3dsmaxを使って検証してみましたが、V-rayでのレンダリングはこれまでのGPUより約3倍
速かったですね。本当に驚くほどのスピードでした」と語る。
「それから、ハイビジョンのムービーを作ってみたんですが、いままでのCPUを使ってレンダ
リングを行ったところ、31分掛かりました。それをRTX A5000でレンダリングをしたところ、
なんと、27秒でできました。もう桁違いでした」。
レンダリングのスピードを格段に向上させるGPU「NVIDIA RTX A5000」を実務で使える環境
になり、どのような変化が生まれるのだろうか。鈴木氏は「V-rayの次世代プロジェクトChaos
Vantageでも試してみましたが、ものすごく体感的にも違いますし、数字を見ても全然違いま
すし、これでどういうことが今後起こるかなといろいろ想像しました」と語る。
松長氏も「このスピードでレンダリングできてしまうと、何年か前に我々が一生懸命レンダリン
グしていたことが一瞬でできるので、生産性をもの凄く上げてくれると思います。また、試行錯
誤が必要な領域については我々専門家がどんどんスキルアップして自分自身の技術を高めやす
くなるのではないかと考えています」と語った。
土江氏は、「以前は3DCG 映像の制作は外部の制作会社に委託することが多かったのですが、
RTX A5000によるレンダリングの高速化により、社内で制作できるようになってきました。設
計事務所の中のインハウスのCGチームの強みとして、設計の人間と密にコミュニケーションを
取って、即アウトプットして設計に生かしていけるということも重要なので、大分大きく変わる
なという気がしています」。
松長氏は「施主や協力会社などとの打ち合わせで、いままでは日を改めてレンダリングしたCG
を見せていたものが、その打ち合わせ中に、リアルタイムでクオリティの高いレンダリングが
見せられるようになり、コミュニケーションが密になって、さまざまな判断が早くなると思いま
す」と期待を語った。
RTX A5000は、ワークステーションとセットになった形では10月頃に出荷予定となっている。
「NVIDIA RTX A5000」の詳しい情報は、こちらのWebサイトで。