エンジニアードウッドとデジタルファブリケーション
2021.09.14
パラメトリック・ボイス 前田建設工業 綱川隆司
この原稿は、島根県隠岐郡海士町にオープンしたホテルEntô(エントウ)で書いています。離島
に計画されたCLT(Cross Laminated Timber)という特殊な集成材を用いた木造のホテルで
す。設計は当社ICIキャンプでお世話になったマウントフジアーキテクツスタジオの原田先生
によるものです。
近年はエンジニアードウッドと呼ばれるラミナや単板を積層接着することで均質の品質を得ら
れる木質構造材が増えており、 CLTもその一つです。木材は他の工業的建築資材と比較したと
き、天然材料であるが故の不均質さが構造材として不利だと思われていましたが、集成された
木材は割れや乾燥による変形も少なく、その精度と大きな部材が作れるという面で大規模木造
建築におけるエンジニアードウッドの存在感は増しています。特にCLTは国産のスギでも十分
な強度のパネルがつくれるため、日本の森林資源を有効活用する意味でも脚光を浴びています。
CLTパネルを用いた事例はすでに国内外にありますが、このプロジェクトでは調達や労務の面
で不利な離島の状況を踏まえ、本土で加工済みのCLTパネルを持ち込むことで、現場での作業
を減らすという大きな目論見があります。また間口が広く奥行きが浅い建物のプロポーション
は、その奥行きが今回使用しているCLTの製作可能サイズと合致しており、とても合理的な設
計であると言えます。
そんな技術的なウンチクも、竣工した実物をみると関係なくなるほど素晴らしい佇まいでした。
海辺の斜面に立ち、フェリーを降りる瞬間に界床・界壁の木材の存在感と海側が全面ガラスと
いう特徴が目に留まりました。施設の中に入り、私が「いいね」をたくさん付けたくなったの
は、内部の床・壁の現し木材部分です。靴下を脱いで素足で歩きたくなります。新しい材料の
特徴をデザインに取り込んで活かすことで、今までにない建築が生まれる、そんな可能性を感
じることが出来ます。
新しい材料には、その加工技術にもイノベーションが必要だと思います。従来の木材プレカッ
トは戸建住宅用の軸材が中心でしたので、CLTの様な板厚のある板状の材料のカットについて
は対応しません。旧来からあるガントリータイプの加工機もありますが、当社が千葉大学平沢
研究室と共同開発のロボットアームを用いた多軸加工機(関連記事)であれば、より効率的に
柔軟な加工が可能になると考えています。そのベースとなるのが、BIMデータ連携によるCNC
加工、所謂デジタルファブリケーションなのですが、これは単にデータ連携で効率化が図れる
だけではなく、加工するツールから生まれる新しい建築の可能性を期待しているのです。
木材はデジタルファブリケーションに向いた材料だと思います。切削に程よい硬さであり、積
層接着し自由な大きな材がつくれて、しかも切削後にそのまま仕上げと出来るのは大きな魅力
です。そもそも木材の切削加工自体は以前からコンピューター制御されており、BIMを生産
フェーズへ繋ぐ先としてうってつけと言えます。
先日木造をテーマにした取材を受けました。他のゼネコンが木造専門部署を設けているのに対
し、当社のソリューション推進設計部は少なくない木造実績がありながら木造専門部隊ではな
いことに興味を持たれました。遡れば2014年に竣工した住田町役場が、我々が初めて担当し
た大規模木造建築であり(関連記事)、そこからまだ7,8年ですが、すでに10数件の木造物件
に携わっています。これには建築基準法改正等の社会の木造に対する追い風があったからです
が、直近のここ数年はSDGsやカーボンニュートラルがキーワードとなり、木造シフトの風が
更に強くなっていると感じます。従来ならば鉄骨造やRC造で計画したと思われる用途や規模の
案件でも木造の検討を行う頻度が増えています。我々は木造専門部隊ではないからこそ、様々
な構造選択の可能性を提案できるのが強みだと思います。
もともと私の部門で木造を担当することになった経緯を振り返ると、大規模木造という当社に
とって未知の海を漕ぎ出すためにBIMが羅針盤のような役割を果たすことを期待されたのかな
あ、と思います。もちろん当時ご指導いただいた外部の先生方のご尽力もあるのですが、実際
に取組んでみるとRC造やS造とは勝手が異なる領域ではありますが、事前に3次元で設計と施
工の双方が検証を行うことは大変有効でした。更にその後の耐火木造の案件では、検討内容に
ついても複雑さが増して、機械・電気設備との調整業務や、発注者に対してBIMで丁寧に合意
を取り付けていくことが結果的に最短ルートになったと思います。施工についても都市型の木
造であれば狭小な敷地も多く、BIMを用いた建て方の検証の有用性も体験しました。様々な面
で木造物件はBIMを使う魅力があるといえます。私たちのBIMを用いたデザインプロセスには
環境シミュレーション技術の援用も含まれていますので、BIMと木造が融合すると、よりサス
テナブルな建築に近づくことができると思います。
木材は植えて、育てて、伐採し使用、また植えるという循環型資材で、それを手掛ける人がい
る限りそのサイクルを回し続けることができ、枯渇することもありません。環境時代において、
木造建築は新しい技術と結びつくことで我々の業界の救世主になる、と言えば過言でしょうか。