事業モデルとBIM-FM
2021.11.26
パラメトリック・ボイス NTTファシリティーズ 松岡辰郎
⼀般論だが建設⼯程で作成されたBIMモデルは、建物の物理特性に関する情報が⼤半を占める
建物データとなる。ファシリティマネジメント(FM)の中でも建物維持管理は建物の構成要素に
対する物理的なケアが中⼼となることから、建設⼯程で作成されたBIMモデルの情報を継承し
利⽤することができる。建物基本情報や設備台帳の整備においてBIMモデルと情報連携するこ
とで、建物維持管理で部位・機器等構成要素の種類と数量、それらの配置位置を正確かつ適正
に把握できる、とされる。
このような背景もあり、現在のBIMとFMの連携では建物維持管理が主なターゲットとなってい
る。更に⼀歩踏み込んで建設⼯程で作成されたBIMモデルに建物部位・設備機器の性能諸元に
関する情報を付加すれば、定期点検における評価基準や修繕・更改時期の判断を可能とする建
物基本情報が利⽤できるようになる。明確に定義されているわけではないようだが、このよう
なBIMとFMの連携がBIM-FMという⽤語の概念を形作っているのだと理解している。
FMでBIMを活⽤するための情報連携⼿順は公知のものとなっており、技術的課題もほぼ解決さ
れている。⼀⽅、連携によるBIMモデル構築コストの回収⽅法やFMの付加価値向上、といった
部分がまだ残課題となっているようにも感じる。BIM-FMをビジネスとして成⽴させるために
は何が必要か、を明らかにしなければならない時期に来ているのではないだろうか。
建物維持管理を⾃動⾞の⾞検に置き換えて考えてみる。⾃動⾞の性能を維持して安全を確保す
るために⾞検が必要不可⽋であることは理解できても可能な限り安価で済ませたい、余計なコ
ストはかけたくない、と⼤半の⼈が思うだろう。もし、「これまでの整備記録やすべての部品
情報をデータで提供するから、⾞検の整備費⽤をこれまでより⾼くしたい」と⾔われて素直に
うなずくのは、よほどの⾃動⾞好きだけかもしれない。
点検整備費⽤は少し⾼くなるが次の⾞検まで⾼速道路料⾦がすべて無料か割引になる、という
話でもあれば、⾼速道路の使⽤頻度が⾼いドライバーは値上げを受け⼊れるかもしれない。し
かし、⾼速道路を殆ど使わないユーザーはそれをメリットとは感じないだろう。
⾃動⾞を例にすることが適切かどうかはわからないが、利⽤⽬的や⽅針やリターンに対する価
値観によってランニングコストの捉え⽅は異なる、というのは建物に対しても同じではないだ
ろうか。
FMのカテゴライズにおいて、「オフィス FM」「学校 FM」「病院 FM」……という表現がある。
施設の種別ごとに異なるFM⼿法があるということは理解できるが、これらの分類は施設の主に
ハードウェア⾯に着⽬した結果ではないかと思う。オフィスとして使⽤される建物に求められる
ハードウェアとしてのスペックに⼤きな差異はないが、⾃社⽤か不動産事業⽤かで求められる
オフィスのあるべき姿や投資・運営⽅針は異なる。運営や事業といった建物のソフトウェアに
関する情報活⽤をFMで活かすことができれば、建物ライフサイクルマネジメント全体で活⽤す
るBIMモデルの付加価値と、建物データ作成に対する投資対効果が明確となり、BIMとFMが連
携するBIM-FMのメリットを建物オーナーやユーザーが実感できるようになると思う。
10年以上前の話ではあるが、施設の種別からではなく事業のタイプや施設の利⽤⽅針から、FM
の課題抽出ができないか検討したことがある。きっかけは商業施設のFM導⼊提案時に、「同じ
業種であっても郊外に⽐較的⼤規模な販売拠点を多く展開する企業と、都内の⼀等地に少ない
販売拠点としての建物を置く企業がある。それらに同じ『商業施設 FM』を導⼊することが適
切なのか︖」という疑問だった。そこで、FMの課題抽出と導⼊⽅針に影響を与えるのは施設の
種別に加え事業スタイルが⼤きい、という仮説をたて、これを「事業モデル」と呼んでその分
類⽅法を検討した。
最初に「財務諸表に現れる定量的な特徴と公開情報から読み取れる定性的な特徴から、その企
業の不動産利活⽤の基本⽅針と関係がある事業モデルが推定できる」という仮説を⽴て、各種
のデータから「儲け⽅」「商品・サービスタイプ」「固有資産保有⽅針」「販売スタイル」
「付加価値の原資」「設備投資のタイプ」といった要素を抽出し、それらをパラメータとして
業種によらない事業タイプを分類する⼿順を検討した。例えば、「販売スタイル」であれば
「知識集約・付加価値型」「設備集約型」「⼤量仲介/販売型」「ブランドイメージ型」「中
間品製造型」「仲介・卸業型」「低付加価値・規模追求型」といったものに分類でき、事業規
模や売上原価、販売管理費の割合等に特徴を⾒いだせる事がわかった。
次にそれぞれの事業タイプの持つ特徴と施設整備⽅針の課題を抽出し、業種や建物の種類と組
み合わせたFM導⼊⽅針策定の元となりえる事業モデルの明確化を試みた。例えば、事業モデル
における「販売スタイル」が固定資産の⾮所有を経営⽅針とする「設備集約型」であれば、利
益率の向上を⽬的に設備リースや施設の賃借などの不動産利活⽤⽅針の⾒直しをFM導⼊にお
ける主要課題に設定できる。「ブランドイメージ型」であれば、有形固定資産の観点からは店
舗等の⽴地戦略、財務の観点からは固定資産の使⽤コスト上昇リスクのコントロールが課題で
あり、これらの最適化をFM導⼊⽅針として設定することとなる。
この時の検討では、事業のタイプとそれに応じたFM導⼊課題を明らかにして建物種別や業種の
特徴・条件と組み合わせ、更に企業組織としての経営⽅針や⽬標設定値に基づくゴールを設定
することで、短中⻑期における合理的なFM導⼊⽅針とロードマップを作成することができそう
だ、という結論を得た。当時は国内の主要上場企業の公開情報をデータベース化し、データマ
イニングの⼿法を⽤いて事業モデルの導出を試みたが、現在では機械学習やディープラーニン
グといったアプローチを取ることで、別の切り⼝や粒度による事業モデルの絵姿が⾒えてくる
かもしれない。
事業モデルに基づくFM導⼊⽅針⽴案をより具体的な⼿順に落とし込むことができれば、施策の
シミュレーションや導⼊後の評価・分析に⽤いるための、建物ライフサイクルマネジメントモ
デルの構築⼿法を実⽤化できるのではないかと期待している。そのためには、事業モデルと従
来のBIMモデルの集約・連携⼿法の実⽤化、建物のハードウェアとソフトウェアの両⾯からの
モデル化・データ化する⼿順の明確化、BIM-FMで活⽤するための新たなBIMモデルまたは
FIM(Facility Information Modelling/Management)モデルの概念創出、BIM-FMのビジネス
モデルとビジネススキームの確⽴、といった課題の解決が必要だと考えている。
それらの先に「施設のデジタル化はFMをどのような姿に変えるか︖」という問いに対する答が
⾒えるかも知れない。