デジタル時代の地図
2022.01.25
パラメトリック・ボイス
アンズスタジオ / アットロボティクス 竹中司/岡部文岡部 この地図、とても魅力的だね。これは噴火したベスビオ火山の溶岩流の範囲を色分け
して描いた19世紀の地図だ。書籍『All Over the Map』(Mason, Betty, and Greg
Miller. All Over the Map: A Cartographic Odyssey. National Geographic, 2018.)
には、他にも面白い地図がたくさん収録されている。本著の序文にある通り、「地図
は概念を説明し、伝達するための最高の手段」であり、地図に埋め込まれた空間への
思考がとても興味深い。
竹中 そうだね、我々が日常に使う地図は、道案内としての役割が大きい。縮尺に応じて正
確に表記された「一般図」だ。ただ地図の活用としては、ほんの一部の役割でしかな
い。一方、特定の利用目的に対して作成される地図を「主題図」と言って、特別な事
象に重点をおいて描き表す。地図を描く人の視点が垣間見られる地図だ。
岡部 そう、テーマに合わせて開発された表現技法も美しい。例えば、地形の起伏の描き方
ひとつとっても、はるか昔から多様な挑戦が見られる。小さな半円形を連ねて表現し
たメソポタミア時代の描き方からはじまり、線(ケバ)で表現したケバ図法や、遠近
手法を利用したぼかし(レリーフ)地図、さらには色の違いで高低差を区別した鮮や
かな地図など、まるで絵画のようだね。
竹中 子供が描く地図なんかも、ある種、強い主題があったりするよね。頭の中で感じてい
る認知を図式化する、いわゆる「認知地図」だ。好きな場所や、描きたい場所、行き
たい場所などが自分の日常の行動ルートを中心に、そこからぶら下がったような描き
方をすることが多い。
岡部 以前、コラム「ロボットが描く地図」でも触れたように、近年、自動車やロボットを
はじめとする移動体ための地図生成をテーマに、世界各地で地図を描く研究が進んで
いる。Robotic mappingと呼ばれる研究領域で、自己位置推定と環境地図作成を同時
に行うことができるSLAM(スラム:Simultaneous Localization and Mapping)技
術を活用して、リアルタイムに地図を生成するアプローチだ。
竹中 多数のセンサーが収集したデータをもとに地図を作成し、移動車両に動作命令を出す。
自動運転技術の基本的なフローではあるが、動作命令を出すための地図も、目的や動
作に合わせて特徴を持った地図の表現が必要だ。私達が日頃から自らの目的に合わせ
て頭の中に空間認知地図を描いているように、刻々と変化する周囲環境において重要
なのは、それらを俯瞰したデータの集合知だけではなく、様々な見方を与えた主題図
なのである。
岡部 求められているのは、絶え間なく変化する周囲環境をすべて網羅した完成された地図
情報ではなく、移動体と変化する周囲環境との細やかな関係性を描きだした、ダイナ
ミックで主観的な地図というわけだ。モノからの視点をボトムアップ的に可視化して
ゆく、ユニークな地図が描かれるだろう。
竹中 こうしたデジタル時代のアプローチから地図を創造してみると、俯瞰した視点から画
一的なグリッドをレイヤードするような描き方は、地図の未来とは少し異なりそうだ。
人や物が場所や空間と直接会話しながら、その空間の特徴を随時描き誇張してゆくよ
うな、ダイナミックな関係性を表現する地図こそが、都市の新しい推進力になるにち
がいない。