バークレーからの学び②:環境時代の新たな
社会システムのデザイン
2022.02.03
パラメトリック・ボイス
明治大学 / 川島範久建築設計事務所 川島 範久
前回のコラムで紹介したようなL+Uのようなビジネスを展開する事務所は日本ではまだ多くは
見られないが、それはなぜだろうか。私はUCバークレーの客員研究員としてデイナ・バント
ロック教授の元で研究活動を行ったが、L+Uのようなビジネスモデルが成立する背景にはカリ
フォルニアの環境政策をはじめとする社会システムがあるということを学んだ。
1990年代に国際政治の議題の中心となった地球温暖化対策に対して、ヨーロッパ諸国は
積極的な姿勢をとった一方で、アメリカ・ブッシュ政権は2001年に京都議定書から離脱した。
グローバリゼーションと市場原理主義は、冷戦終結以降さらなる勢いで進行し、2008年のリー
マンショックまで衰えることなく続き、アメリカにおける環境政策を後退させた。しかし一方
で、州は、気候変動に対して、連邦政府よりも積極的に行動を起こしてきており、すべての州
は、2006年までに気候変動に対応する措置を講じてきた。そのなかでリーダーシップをとって
きたのは、カリフォルニア州だった。アメリカ合衆国の一人当たり電力消費量は1973年から
1.5倍に増加したのに対して、カリフォルニア州ではほぼ変化がないという事実が、カリフォル
ニア州の特異性をよく表わしている。
カリフォルニアの環境政策で特徴的なことのひとつに、エネルギー供給側に対する規制もある。
アメリカでは、発電・送配電・小売りの分離・送電網へのアクセスの自由化などが進んでおり、
州によっては小売の自由化も進んでいる。カリフォルニア州では、電力小売り業者に対する、
再生可能エネルギー比率の増加の基準の設定、義務化も進められており、固定価格買取制度も
導入された。太陽光発電設備、風力発電や燃料電池など他の分散型発電に対する奨励金、
グリーン・ビルディング等を推進するさまざまな省エネルギー・プログラムも存在する。注目
すべきは、これらのプログラムをリードして進めているのが電力会社である点である。その背
景のひとつに、カリフォルニア州公益事業委員会(CPUC)主導によって進められた、
全米で初めて1982年に導入された電力会社の売上と利益を分離する「デカップリング制度」
がある。あらかじめベースとなる電気料金と料金収入見込みを定めておき、実際の料金収入が
想定を下回った場合には電気料金を上げ、減少分を補填し、逆に実際の料金収入が想定を上
回った場合には、電気料金を下げ、増加分を需要家に還元するというものである。これにより
電力会社は電力をより多く販売しても利益増加にはつながらなくなり、利益増加のために発電
コストを削減しようとするインセンティブが働くようになっている。発電コストを削減する手
段としては、①需要を抑えること、②需要側で発電すること、③電力負荷を平準化することの
おもに三つがある。需要を抑えるために、建築設計者に省エネルギー性の高い建物を設計して
もらうことも重要と考え、設計者を対象とした教育プログラムや、設計支援ツールの開発や機
器等の貸し出し等を電力会社が積極的に行なっているのである。
規制や評価制度も特徴的だ。カリフォルニア州は、かつてから大気規制について国内でもっと
も厳しい規制を敷いてきており、2005年には、温室効果ガスを2020年までに1990年の排出
値まで減少させ、2050年までにさらに80%削減するという州法を用意した。2008年にはカリ
フォルニア州長期エネルギー戦略計画という長期計画が採択され、2020年に新規住宅のゼロエ
ネルギー化、2030年に新規商業建築のゼロエネルギー化を義務付けることが明記された。ま
た、カリフォルニア州の建築基準である「TITLE 24」では、建物と設備に関する省エネルギー
性が義務化されている。アメリカのグリーン・ビルディング認証システムである「LEED」も、
インセンティブのひとつとなっている。LEEDは1998年に、米国グリーンビルディング
協会(USGBC)というNPO団体によって開発されたもので、単純な加算システムでわかりや
すいものであり、現在では、企業のCSRの裏付けなど、マーケティングに幅広く用いられてお
り、実質的なグローバルスタンダードになりつつある。連邦政府や教育機関等といった用途や
地域によってはLEED取得が義務付けられることもあれば、税制優遇されるケースもある。
2014年にはWELL Building Standard(開発:USGBC)という、人々の健康とウェルネスに
焦点を合わせた建築や街区の環境性能評価システムも始まり、こちらも近年広がりを見せてい
る。以上のように、カリフォルニアは環境政策において、多くのマンダトリーな制度を推進し
ており、現在ヴォランタリーな制度も徐々にマンダトリーなものに移行させようとしているの
である。
環境シミュレーションをはじめとする技術がどれだけ進化しても、それによって実現できるこ
との価値が広く共有化され、その実現に対するインセンティブのある社会システムを構築しな
ければ意味がない。そう考えると、日本は技術よりもむしろ、社会システムについての方が多
くの課題を抱えているのではないか、という問題意識を得た。