配属ガチャと新人BIM研修
2022.02.08
パラメトリック・ボイス 前田建設工業 綱川隆司
昨年末の建築学会「情報・システム・利用・技術シンポジウム」において「DXに必要な人材
は?」と問われたので、「組織やルールを超えられる人材」と答えたのですが、隣の先生は深
いため息をつきました。
2月は当社では新人が配属される月です。昨春に入社して10カ月(!)もの期間を集合研修に
費やしてようやく本配属です。入社直後の合宿後いきなり現場に放り込まれた私の時代とは隔
世の感がありますが、これも同期の連帯の意識を醸成するには効果的らしく入社直後の退職者
数は減ったそうです。私自身は座学が苦手というよりむしろ嫌いな類でしたのでオン・ザ・
ジョブ・トレーニングの方が性に合っていたと思います。同じ思いを持つ新人もいるのでは?
と意地の悪い質問もしてみたのですが、返ってきた回答がとても優等生的でうまくかわされま
した。
配属先は今も昔も「ガチャ」みたいなもので、自分達にはどうにもならない運任せですから、
その後の自分の会社人生を左右する「最初の上司」に会うこともあれば、職場に絶望して早期
退職することもあるかもしれない、とても不公平なイベントだと思います。今は更に「テレ
ワークの推奨」というハードルもあります。自分の顔と名前を覚えてもらわなければならない
新人には酷な話です。
振り返ると私が新人の頃の職場には業務の情報が溢れていたと思います。先輩方が残した図面
の製本や打ち合わせの資料を間近で見ることは自身の業務を遂行するための無二の参考書でし
た。現在のテレワーク対応で改装したフリーアドレスオフィスはどうかと言えば、人も閑散と
して紙の資料も有りませんし、断捨離を毛嫌いした私にとっては毎朝リセットされている無味
乾燥な空間に見えます。
私が研修の講師で新人にまず伝えたのは、この「レファレンス」の問題です。参照すべき情報
が現在の職場に無さすぎるのです。ネットに落ちている情報だけでは仕事は完遂できませんし、
「他人の仕事を見て盗む」という機会もコロナ過でことごとく奪われています。
例年設計部配属の新人を最後の1カ月は私の部門で預かり、設計BIMの導入研修を行っており、
既に12年続いています。今回は年明け1月5日~27日の期間で実施しました。昨年はリ
モートでの実施を余儀なくされ、企画したこちら側もバタバタしていましたが、今年はギリギ
リでしたがなんとか対面で実施でき安堵しました。設計BIMの基本事項のレクチャー後に
Archicadの操作方法を教え、BIMを用いた設計課題実習に取組み、最後は発表会でプレゼンを
行ってもらいます。Archicad自体は私が使い始めた20年前から比べれば遥かに使いやすく
なっており、操作を習得するには2日間もあれば十分なので、後半に実施するBIM課題実習が
この研修のメインと言えます。例年社外コンペを課題の題材にしていますが、ここ数年は正直
良い題材が見つからず苦労しています。国内のコンペにめぼしいものが無いので今回は海外の
コンペを選びました。新入社員を4名ずつのグループに分けて、業務の連携を模した体制で行
いました。
課題の用途は集合住宅です。コロナ禍の社会状況の中で住宅価格が上昇し庶民の手が届かない
状況になりつつあり、近年増えつつある低所得層でも手の届く手ごろな価格の住宅を提供する
ことが今回の課題です。海外の話でありながら東京も同じような状況であることを痛感します。
コストや施工性がテーマになりますが、環境配慮の観点から全員が木造の採用とユニット化に
辿り着いたようです。
自分たちが構想したことをどう現実へ落とし込むか、それを考えるときBIMは大きな力になり
ます。単純な柱と梁とが交差するような形状でも、どのような仕口になっているべきなのか、
実際の木造建築のBIMデータを参照すれば瞬時に理解できることでしょう。恐らくこれから建
築を学ぶ新人は、紙や2D-CADではなく過去物件のBIMデータをレファレンスし、時にはそれ
を流用してさらに良いものに仕立てていくような、そんな仕事の流儀になっていく予感がしま
した。
「誰がBIMを実践するか?」を考えるとき、「BIMは専属のオペレーターが担う」とか「アウ
トソーシングする」だけではなく、設計者自らが「BIMをレファレンスし気づきを得る」必要
を感じます。そのための社内インフラ、共通データ環境(CDE)なのかもしれません。参照に
耐えうるBIMデータを蓄えている組織こそがDXのステップにおけるデジタライゼーションの
段階に近づいているとも言えそうです。
デジタライゼーションからさらに「新しい価値を生む」DXに至るためには現在の業務プロセ
スにとらわれず、ルールチェンジ・ゲームチェンジが必要といわれます。ゼネコンのような上
流から下流まで関わろうとする業態であると、全体最適のために「誰かのために汗をかいてい
る」状態でも是とされる風潮はあるのですが、盲目的なフロントローディングの考え方はオー
バーランや手戻りにつながりやすく、結果的に全体最適から遠ざかっている可能性もあります。
今回の新人研修の講師で私がもう一つ伝えたのは、「環境が変化した今だからこそ、新人の皆
さんには大きなチャンスがある」ということです。これまでの業務プロセスに染まっていない
人間だからこそ現在のルールを超えられる(可能性がある)のではないでしょうか。