Magazine(マガジン)

コラム

ヴァーチャルリアリティと超感覚

2015.12.17

ArchiFuture's Eye                慶應義塾大学 池田靖史

日本建築学会の情報システム技術利用シンポジウムで20年後の社会と建築というテーマについ
て深く考えさせられ、この原稿を書いている。ビッグデータの人工知能的な情報処理による社
会へのインパクトもさることながら、もうひとつ気になったのが、コンピューターを通じた身
体機能の強化と拡張のもたらすリアリティの問題である。
 
これまでヴァーチャルリアリティといえばゴーグルのように装着するヘッドマウントディスプ
レイ(HMD)による視覚体験の再現がほとんどであったが、歩いたり屈んだりしながら銃撃戦闘
ゲームを楽しむ装置が少し前に発売され、近年は物を掴んだり持ち上げたりしたときの感覚を
再現するための外骨格型のデバイスや、筋電に直接信号を送るデバイスなどの触感を再現する
デバイスが現れている。そして今、全身で感じる風圧や着弾痛などの再現をモーションキャプ
チャーにあわせたTESLA SUITがデベロッパー用として予約注文を受け付けている。HMDをつ
けて3次元CGの中を動き回ることももちろんできるが、リモート操作のロボットと組み合わせ
ると遠隔空間を体験するテレイクジスタンス技術にもなるので、そのうち建設現場でも危険な
作業を回避するためなどに使われるかもしれない。さらには現実空間のスキャンにシンクロさ
せたCGを合成することも可能で、BIMで入力された建物であれば手すりの握りやすさからドア
の開けやすさまで建設前に触って体験できる日もそれほど遠くない。ただここまで来ると、そ
もそも体験とかコミュンケーションが目的の空間は建設そのものが不要になる場合もあるだろ
う。私自身は経験がないが、これらのデバイスは最初は戸惑ってもしばらく使うと人間のほう
の高度な適応能力のおかげで遠隔操作している機器が自然に自分の身体の一部のように感じら
れるようになるといい「超感覚」と呼ばれたりしている。
 
体が自由に動かないためにヴァーチャルに世界中を旅できることを歓迎する人は多いだろう。
ALS(筋萎縮性側索硬化症)のような難病や事故で意識があるにもかかわらず体が麻痺して他人
とのコミュニケーションが不可能になった患者さんが視線だけで入力できる装置のおかげで世
界中と繋がることができ始めた。同じ目的で脳の活動を直接読み取るブレイン・マシン・イン
ターフェース(BMI)という究極の技術も研究レベルでは既に実現しており、国際電気通信基礎
技術研究所の認知機構研究所では昨年からワイヤレスで頭に装着するヘッドギア型の機器で家
電製品の制御を可能にし、BMIハウスという実験施設をつかって生活行動中の脳からの指示
データを蓄積している。感情的な側面も読み取れることからスマートハウス技術と結びつける
ことで「思う」だけで制御できる住環境を目指すとしている。ここまで行くと少し薄気味悪さ
を覚える人もいるのではないか。
 
問題は、こうなると自分では実体験したと自信を持って記憶していても事実とは限らないとい
う混乱だと思う。ひとつは悪意を持って記憶を操作し改変できてしまうことにあるし、もうひ
とつは人間がサイボーグ化してしまい機械と感覚的な境界がなくなってしまうことにある。
ノーベル賞がダイナマイト発明への贖罪の意味が込められているように技術には人間を不幸に
する面もあることも忘れてはならない。もちろん前述のように福祉活動など様々な社会的な有
用性もあり、ヴァーチャルリアリティにこのような問題があるからといって恐れるのではなく、
その分別のある使用が我々の社会倫理に問われていると考えるべきだと思う。身体のサイボー
グ化は眼鏡や虫歯治療の時代から始まっているし、100年の歴史がある「時計」の使用は
「時間」という感覚の高精度強化機能として人間の協調的な生活の基盤になっていることは社
会的活動も徐々に機械との融合を実現してきたことを示している。

人工知能がチェスの世界チャンピオンを破った時はスーパーコンピューターだったのが、今は
スマホのアプリでもプロ並みに強いらしい。ところがそれでゲームとして成立しなくなったか
というと、有段者が傍らに置いた人工知能の意見をヒントにチェスを指すというこれまでにな
い新しいゲーム形態が生まれ、そしてこの方式がどんなに優れた人工知能よりも(もちろん単
独の人間よりも)強いのだという。構造シミュレーションで応力の状態のヴィジュアライズを
様々なパラメーターを変えながら数多く体験しているうちに、直感的に形態と力学の関係が見
える感覚を身につけることがあるという話を聞いたことがあるが、それに似ていると思った。
建築においても人間のリアリティ感覚そのものが拡張された「超感覚」に結びつくのだとすれ
ば、無駄なエネルギーを使用している部屋の位置や交換の必要のある建築部品が身体の痛みの
ように感覚的に把握できる日が来るのだろうか。いずれにせよ機械との恊働が人類の幸福に繋
がるように我々は見守る必要がある。

 Dexta Robotics社が開発した外骨格VRデバイス

 Dexta Robotics社が開発した外骨格VRデバイス


 Virtuix OmniのVRで銃撃戦闘ゲームを楽しむための装置

 Virtuix OmniのVRで銃撃戦闘ゲームを楽しむための装置


 TESLA SUIT

 TESLA SUIT


 ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)

 ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)

池田 靖史 氏

東京大学大学院 工学系研究科建築学専攻 特任教授 / 建築情報学会 会長