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コラム

ライフサイクルBIM 5 
~設計のための既存建物データ

2022.04.21

パラメトリック・ボイス           NTTファシリティーズ 松岡辰郎
 
新たな建物を設計・施⼯し、その過程で作成した建物データをBIMモデルを介して竣⼯後に運
⽤・維持管理に引き継ぐデータフローを実現するには、設計や施⼯に加え運⽤・維持管理で必
要とする建物データを竣⼯BIMモデルに加える必要がある。とはいえ、設計、施⼯、運⽤・維
持管理の各⼯程において作成・利⽤されるBIMモデルは、それぞれの視座による建物のモデル
化という意味で別のものであり、工程を越えての共有というのは簡単ではない。建物ライフサ
イクルマネジメントにおいて同⼀のBIMモデルをシームレスに流通させることの可否と是⾮に
ついてはまだまだ議論の余地があるだろう。それでも情報管理の総コスト最適化や確実な意思
伝達の実現という点で、様々な建物情報をそれぞれが⽣成される⼯程でデータ化し、⾃⼯程以
外に共有する建物データとデータフローのあるべき姿を検討していく必要はあると思う。
 
BIMの導⼊において建物データの継承を検討する際、竣⼯時に運⽤⼯程に建物データを渡し、
あとは運⽤・維持管理で引き継いで利⽤する、以上、という建物データの⼀⽅通⾏的な利⽤イ
メージに以前から違和感を感じてきた。建物の種類や運営形態にもよるだろうが、新たに作ら
れてから撤去されるまでの⻑い時間、建物には数多くの改変が加えられる。それらには⽬的や
内容に応じて設計が必要となるものもあり、改変の規模が⼤きければ建物の状況もまた⼤きく
変わることとなる。したがって、建物ライフサクルマネジメントにおいては、竣⼯後の建物現
況データは運⽤・維持管理のためだけでなく、既存建物に対する設計のためのデータとしても
活⽤できるようにしておく必要がある。
運営をしていく中で改変を加えれば建物の状況が変わり、運⽤・維持管理で参照・利⽤する建
物現況データの内容も変わる。運⽤・維持管理においても経年劣化や故障、⼩規模な修繕や変
更によって建物現況データが変化し、次の改変ではその時点の状況を現況として設計を⾏う必
要がある。建物はそのライフサイクルの中で、量や頻度はそれぞれだが運⽤・維持管理と改変
を繰り返しその姿を変えていく。同様に建物現況データも運⽤・維持管理で変化したものが改
変時に設計で利⽤され、設計で変更されたものが運⽤・維持管理で利⽤され……と、互いに参
照・変更・継承を繰り返していくことになる。建物ライフサイクルマネジメントにおける建物
現況データの活⽤フローは⼀⽅向の⽮印ではなく、太極図のようなイメージで捉えたほうが良
いかもしれない(余談だが⽮印「→」はよく⾒かけるが、太極図「☯」にも⽂字コードが付与
されており、⽂字(記号)として扱うことができるらしいことを今回はじめて知った)。
 
新たに建物を設計・施⼯し、その過程で作成する建物データをBIMモデルに集約して竣⼯時に
運営・維持管理に引き継ぐ。運営・維持管理⼯程で竣⼯時の建物の構成要素や部位機器の数
量・性能諸元に関する情報を利⽤することができる、というのがBIMによる⼯程をまたいだ建
物データ受け渡しの⼀般的なイメージとなっている。しかし、すでに存在する建物に対し、改
変のための設計を⾏う上で既存建物データを利⽤する場合の要件や課題については、検討事例
が決して多くないように⾒える。
建物ライフサイクルマネジメントにおいて、改変を⽬的とした設計を⾏うための既存建物デー
タにはどのような情報が必要であり、継続的に現⾏化していくための課題について、少し考え
てみたい。
 
既存建物に対する改変や変更は、経年劣化や故障といったものに対して元の性能を取り戻すた
めに⾏うものと、現在の性能や機能を向上したり⽤途を変更したりすることを⽬的とするもの
に⼤別できる。いずれの場合も設計者は既存建物の状態や特性、素材やこれまでにどのような
改変や修繕がされてきたかを把握し、それらを考慮して設計を⾏わなければならない。また、
建設時やこれまでの改修・修繕時の性能基準や法規といったルールが改正されている場合は既
存不適格の有無と是正、アスベストやPCBの確認と対応、これらを考慮した材料や⼯法の選択
等々……といった、新築建物の設計とは異なる配慮が必要となる。また、⼀度スケルトンにし
た状態で改変を加えるのであれば問題はないが、居抜きでの⼯事が必要な場合やオーナーや
ユーザーの建築物以外の物品がある場合、当然ながらそれらを考慮した上で設計を⾏わなけれ
ばならない。既存建物に対する設計を⾏う場合、これまでは現場調査や過去の設計図書・各種
届出の追跡によって収集した情報で現況把握と評価・分析を⾏っていた。現況情報の参照と設
計における基盤情報として利⽤できるという点で、既存建物に対する設計に建物現況データを
活⽤する価値は⼤きい。
 
設計・施⼯で作成し竣⼯後に建物基本情報をBIMモデルに集約する現況BIMには、建物の部
位・機器の形状や数量と位置、性能諸元に関する属性情報を記述する。家具什器類を現況BIM
に含めるかは、運⽤・維持管理の対象とするか否かで判断すべきだろう。これらをBIM化しな
い場合、情報が不⾜しないよう画像や点群データと⾔った別の形態でデータ化し、現況BIMと
連携させることで適正な現状把握を可能とする。また、新築以降に実施された改修や修繕につ
いては、それらの改変や⼯事の履歴データを保存して参照できるようにする必要がある。改変
の概要だけでなく、材料や⼯法、⼯事⼿順や⾜場の設置状況といった情報をそれぞれの改変イ
ベントごとに履歴データとしてまとめ、時系列的に管理して現況BIMモデルと連携することが
必要と考える。既存建物の改変における設計データは、「既存の状態」「既存の状態から取り
除くもの(撤去)」「既存の状態に追加するもの(新設)」といった表記・伝達ができるよう⼯夫
をする必要がある。
建物ライフサイクルマネジメントで既存建物を対象とした設計を⾏う場合、収集すべき現況情
報の種類と範囲から⼀般論としての現況BIMモデルだけでは情報が不⾜していることがわかる。
既存建物の建物現況データは、現況BIMモデルによる建物基本情報、画像や点群データによる
空間情報、建物の時系列での変化を表す履歴情報が連携し、建物ライフサイクルマネジメント
の中で改変と運⽤により太極図のように設計・施⼯と運⽤・維持管理の間で更新され参照され
る情報群というイメージで捉えると分かりやすいのかもしれない。
 
既存建物に対する改変において、設計者は設計の意図の理解と尊重による建物のさらなる価値
向上を実現するとともに、将来改変をする設計者に対して適正に申し送りをする、といった役
割と責任を担う。建物現況データはそのためのメディアであると⾔えるだろう。既存建物の改
変においては建物現況データを法令順守や性能確保等、設計品質に関わる様々なチェックやシ
ミュレーションにおいても利⽤したい。既存建物の設計のための既存建物データのあるべき姿
とその活⽤については引き続き検討を重ねる必要があると考えている。

松岡 辰郎 氏

NTTファシリティーズ NTT本部サービス推進部エンジニアリング部門設計情報管理センター 担当部長