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コラム

BIM拡張のブレークスルー 
~外側からのイノベーション

2022.07.12

パラメトリック・ボイス           NTTファシリティーズ 松岡辰郎
 
20世紀後半以降、ポピュラーミュージックの拡大に大きく影響したものの一つがエレクトリッ
ク・ギターだろう。シンセサイザーをはじめとする各種の電子楽器、録音機材やPAといった音
響機器の進化も重要な要素と言えるが、楽曲や演奏者の個性を決定づけるという意味で、エレ
クトリック・ギターやエレクトリック・ベースの存在は大きい。
 
エレクトリック・ギターは楽器としてだけではなく、デザインプロダクトとしても魅力的な存
在だと思う。6本(12本や7本等のバリエーションもある)の弦と24〜26インチ程度のスケール
というシンプルなフォーマットに、様々な材料や構造、弦の振動を電気信号に変換する比較的
単純な回路、演奏性も考慮したデザインといったパラメータを組み合わせることで、数多くの
プロダクトとそのバリエーションが生み出されている。
1928年頃に最初の量産品が市販されて以降これまで多くの個性的なエレクトリック・ギター
が登場したしかし現在も主要なプロダクトとして残っているものの大半が、1950年代に完
成形として登場し現在も製造され続けている。多少の改変は加えられたものの、基本的なス
ペックは変わらず60年以上経った現在でも市場に受け入れられていることがとても興味
深い(ヴァイオリン族が500年以上大きく姿を変えずに使われ続けていることを考えると、
ごく短期間だと言うべきなのかもしれない)。
 
デザインプロダクトとしてのエレクトリック・ギターの歴史における数々のイノベーションに
は枚挙に暇がない。大きな生音を出すための伝統的な中空構造に替えて、電気的な音の増幅の
みを前提としたソリッドボディの登場はその最たるものだが、それに並ぶ変革をもたらしたの
がレオ・フェンダー(Leo Fender 1909-1991)とネッド・スタインバーガー(Ned Steinberger
1948-)なのではないかと思う。
レオ・フェンダーは木工技術による伝統的な楽器の製造手順を簡略化し、ボディとネックを別
に作成し木ネジで接合する方法を採用した。これにより楽器としての構造が単純となり、大量
生産と容易な修理や部品交換が可能となる。また、部品のコンポーネント化は、その後に様々
なコンポーネント・ギターと個性的な交換パーツを登場させた。一方、ネッド・スタインバー
ガーはエレクトリック・ギターを再発明したと言える。デッドポイントのないヘッドレス構造
や弦がねじれないマイクロメーター方式によるチューナー、個体差の原因となる木材に替えて
均質なカーボングラファイトを材質としたボディとネックの一体成型等、フォーマットを崩さ
ずに全く異なるプロダクトを新たに創出している。
エレクトリック・ギターのあり方に多大な影響を与え、自身の名をモデル名に残すレス・ポー
ル(Les Paul 1915-2009)は優れたギタリストであり発明家でもあたが前出の二人はギター
プレーヤーでもルシアーでもなく、レオ・フェンダーはラジオの修理業(フェンダーは素晴ら
しいギターアンプも世に送り出している)、ネッド・スタインバーガーは家具職人だった。大
きな変革がメインストリームではなく、領域の外側からもたらされたことが興味深い。勿論彼
らだけがイノベーションを起こしたわけではなく、そこには専門家との協働があった訳だが、
当たり前と思えるものと異なる視点がイノベーションに必要な要素の一つなのかもしれない。
 
BIMは最初にアメリカで建物の発注者やオーナーが主導し拡大したが、その後は国内外を問わ
ず主として建築生産の領域で普及・拡大してきたと言えるだろう。近年では竣工後のFMや維
持管理での活用を含めた建物ライフサイクル全体でのBIM導入が目新しいものではなくなりつ
つあるが、それでもBIMが建築の領域を超えて建物オーナーやユーザーに対して新たな価値を
提供しているとまでは実感できない。これまでとは一線を画する建物サービスの創出や事業
貢献の手段として有効であれば、BIMは建築領域を超えて広く認知・活用されるようになるは
ずである。BIMや建物情報が建築分野を超えて求められ、活用されるために何が必要か、が最
近の関心事の一つとなっている。
 
最近、BIMに関心を持つ発注者や建物オーナーは明らかに増えている。しかし、同時に現状は
BIMが広く社会的に認知されているとは言い難いとも感じる。普段の社会生活や消費活動にお
いてBIMの概念やメリットが多少なりとも透けて見えないのは何故か、自省も含め理由と解決
方法を考察している。
最初に思いつくのはステークホルダーの単一性だろう。これまで設計・施工だけでなく、FM・
維持管理、発注者・建物オーナーとBIMに関する協業やディスカッションを行う機会を得た
が、ほとんどが建築教育を受けた経験がある同じ領域の関係者であった。建築領域のすべての
人がそうだとは思わないが、関心が比較的に建物のハードウェア面に集まっており、建物運用
においても点検・修繕・クレーム対応といった維持管理の範囲に留まっていることが多い傾向
があると感じる。経営やビジネス、総務・財務を始めとするもう少し広い範囲と視点で建物の
オーナーやユーザーを見ると、資産であったり事業のためのツールであったりと建築のソフト
ウェア面に関心があり、建物のコスト削減だけではなくビジネス拡大への寄与やBCPとレジリ
エンス、人材確保につながる執務環境の改善や地球環境保護への貢献といった建物によるサー
ビスにBIMやその他の建物情報が活用できる、という示し方をしなければならないことがわか
る。そのためにはBIM以前の問題として、竣工後の建物運営と直結した事業やビジネスプロセ
スの改善に寄与するFMや維持管理の情報化を通した大胆な改革の実現自体が課題となってい
るとも思う。
 
現在、大量の既存通信建物の建物ライフサイクルマネジメントの業務効率化と品質向上を目的
とした、ライフサイクルBIMのための現況BIMを流通管理するデータフローとそのためのシス
テム開発・運用、建物データの管理・活用検討に関わっている。この業務チームには建築教育
を受けていない情報分野のメンバーも参加している。建物と建物データを純粋に情報として扱
う立場からの提案やアウトプットは、こういう見方もあるのかと感心させられることも少なく
ない。建築分野の情報化が進む中で、これまでとは異なる分野の専門家との協働の機会も増え
ている。それだけですぐにイノベーションが起きるとは思わないが、BIMが建築分野からより
広い領域に拡張していくには、外側の視点から既成の概念やルールにとらわれない建物のモデ
ル化がブレークスルーとなるのではないだろうか。BIMがより拡張するための外側からイノ
ベーションの要素がもたらされた時、それを受け入れ協働する準備をする時期が来たと感じて
いる。

 筆者所有のスタインバーガーGL-2(上:Steinberger GL-2)とフェンダー・ストラト
 キャスター(下:Fender Stratocaster)

 筆者所有のスタインバーガーGL-2(上:Steinberger GL-2)とフェンダー・ストラト
 キャスター(下:Fender Stratocaster)


    エレクトリック・ギターの歴史に興味を持たれた方へおすすめしたい本
    ブラッド・トリンスキー&アラン・ディ・ペルナ著 石川千晶訳 「エレクトリック・
    ギター革命史」 リットー・ミュージック 2018年2月

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松岡 辰郎 氏

NTTファシリティーズ NTT本部サービス推進部エンジニアリング部門設計情報管理センター 担当部長