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コラム

BIMは人工知能の初夢を見るか

2016.01.07

パラメトリック・ボイス                竹中工務店 石澤 宰

最近の人工知能に関するコラムに触発されて、私も。

アメリカのクイズ番組「ジェパディ!」でクイズ王の座を勝ち取ったIBMの人工知能Watson
は、新しい料理のレシピを考案したり、テレビゲームを学習して必勝法を編み出したりなど、
その「思考回路」によって新しい領域を開拓しています。強力なフィードバック学習によって、
「コンピュータには新しいことを発想することはできない」という定説は崩れつつあります。

しかし一方、依然としてコンピュータと人間の知性・認知には大きな隔たりもあり、人間の思
考がそのままトレースされる日は遠いようです。むしろ、知性のパターンは無数に存在してい
て、人間のもつ知性はその一つの類型、コンピュータの得意な知性のタイプも他にたくさん存
在する、というほうが、よりユニバーサルな理解であるように思われます*1。

それ故に、タイプの違う知性のコラボレーションは時により良い結果をもたらします。例えば、
チェスのフリースタイル・トーナメントにおける人間+コンピュータの「サイボーグ型」プレー
ヤーがコンピュータ単体より強いように、あるいは我々がカーナビに従って車を運転していて
も時には無視することがあるように。我々自身が違う形の知性と組み合わさることで、これま
でになく強化されるという結果ももたらしています。その選択そのものは人間側に委ねられて
いてよいのです。人が電卓を使う、ということも、思えば本質的には同じかもしれません。

本来、建築設計における人工知能とはそのようなものとして想定されていました。「デザイン
プロセスは、これまでの人間と機械の関係に取って代わって、対話によるものとなる。非常に
緊密な対話によって、相互の説得と妥協によってのみデザインが生み出されてくる。人間は主
体的に機械との共生関係を選ぶことができる。」――1967年、URBAN5 を発想したNicolas Negroponteの言です*2。

1810年代のイギリスで、ラッダイトと呼ばれる運動がありました。産業革命時代、織機が普及
したことで失業を恐れた労働者が機械を破壊した運動です。自動化技術は現在の設計者の仕事
を奪い、雇用の機会を減らす(そして設計者がコンピュータを壊して回る)のでしょうか。

私の答えは今のところNOです。ディープラーニングによって設計プロセス全体を鍛えるならば、
その入力と出力の再帰(リカージョン)が必要ですが、そこで選択と淘汰を行うクライテリア
が単純ではないからです。つまり、「これは猫か」と「これは良い建築か」を判断することは
質の違う問題であり、その「建築の良さ」を全体最適化するフレーム自体をプロジェクトごと
につくり上げることまで含めて設計という行為だからです。汎用的なものを作るには、その
「建築の良し悪し」を何百万という数で教え込み、プログラムを鍛えてやる必要がありますが、
そこまで事例を集積すること自体がまた難しい。設計という行為にはプロジェクトマネジメン
トが多分に含まれています。分野を問わずマネジメントは自動化が難しく、未だ人間が積極的
に開拓していかなければならない分野です。少なくとも、人工知能が人工知能を作り出す時代
までは。

一方、フレーミングの限定された部分最適化ならば十分可能で、こここそ設計自動化が役立つ
部分です。例えばBIM上には階段やカーテンウォールなど実に多くの機能やアドオンが存在し
ていて、気持ちの良いほどあっさりとベース作業を終わらせてくれます。そこから自分の思う
ポイントを作り込む作業は純粋に楽しみでもあります。また例えば、天空率計算など私はプロ
グラムに完全に依存しています。しかし導かれた結果にストーリーを加え、設計を完成するこ
とは私の仕事です。

設計がパラメトリックであるべき理由はそこです。何が小事で何が大事かを定義し、その優先
順位に基づいてコンピュータにデレゲーション(委任)できるということが、セカンド・マシ
ン・エイジの設計者に求められる能力です。

スマートフォンユーザのうち、自分でソフトウエアを作る人は少数派です。それでも必要なソ
フトウエア入手し実装することで、誰もが自分にとって便利なパートナーにカスタマイズして
います。同じような知性の実装が設計にも可能なはずです。そこに求められるのは、設計行為
とは、設計における知性とは何かに対する再定義です。

アルバイトへの仕事の振り方が上手なひとは確かにいて、たとえば限られた時間で見応えのあ
る模型を作り上げてきます。コンピュータへの仕事の振り方が上手いひと、というのも確かに
います。怠け者の哲学とも言われますが、それは他者を鍛えることに確かにつながります。い
え、この場合は人工知能を。


*1  WIRED VOL.20 (GQ JAPAN 2016年1月号増刊)/特集 A.I.(人工知能)
*2  Misfits and architecture machines

           Youtubeの中の「猫」を認識するニューラルネット
           ワーク。「良い建築」は認識できるか。
           ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像
            の出典元のGoogle Official Blogへリンクします。

           Youtubeの中の「猫」を認識するニューラルネット
           ワーク。「良い建築」は認識できるか。
           ※上記の画像、キャプションをクリックすると画像
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石澤 宰 氏

竹中工務店 設計本部 アドバンストデザイン部 コンピュテーショナルデザイングループ長 / 東京大学生産技術研究所 人間・社会系部門 特任准教授