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コラム

「脱炭素」と「ファサードデザイン」と「デジタル」

2022.10.27

ArchiFuture's Eye                 日建設計 山梨知彦

2022年も後半となり、世の中の「コロナ感」というようなモノが変わりはじめ、講演やレク
チャーをさせていただく機会が増えてきた(写真0)。

  写真0

  写真0


レクチュアーなどのテーマを設定するにあたり、主催者の希望やこちらの想いを調整すると、
僕が語ることを期待されているトピックスは、
・脱炭素化
・建築、特にファサードのデザイン
・デジタル技術
以上3つのキーワードに収束するようだ。そんなこともあり、久々の執筆となった今回の
ArchiFuture Webのコラムでは、この3つのお題を通して僕自身が思ったこと、考えたことを
なるべく簡潔にメモして提示し、それに対する率直なご意見うかがってみたいと思った。本
ウェッブサイトやFacebookやTwitterといったソーシャルメディアなどを通じてご意見をいた
だければ嬉しいです。
 
■脱炭素
3つのキーワードのトップバッターは、脱炭素化。これまでは捉え難かった環境保全という超
難問が、脱炭素化というキーワードにより社会課題として明確化され、更にそれは今、ビジネ
ス上の明確かつ巨大なゴールとしても位置付けられた。今、あらゆる先進的企業がこのゴール
を目掛けて殺到している。いつもは動きの遅い建設産業においても脱炭素化は話題の中心とな
り、ビジネスチャンスが激しく模索されている。それ故に、講演会やレクチャーでは必須キー
ワードとなるわけだ。

かつては環境問題としてより多様な問題が広く議論されていたが、COP(国連気候変動枠組条
約締約国会議)における議論が、急速に以下のような方向に収束して、脱炭素化は今や大きな
社会課題=ビジネスゴールとなったと僕は理解している。

・もはや人類の存続を脅かしつつある地球上の異常気象の根源は、二酸化炭素をはじめとした
 温暖化ガスにあるとする科学的根拠が共有され、我々人類はその削減に努めなければならな
 いという国際的なコンセンサスが形成され、脱炭素化が社会課題となった。

・引き続き、2030年および2050年における具体的な目標として脱炭素に絞ったゴールが明示
 され、各国がそれに向けて動き出した。

・それを受けたビジネス界が、多様で使い難い時代のなかで、稀なる明確さを放つ脱炭素とい
 う目標(かつビジネスが目指すビジョンとしても極めて座りが良い)に向けて、それを新た
 なビジネスチャンスとみなし、ポジティブな動きを見せるようになった。
 
僕自身は、ビジネスゴール化した脱炭素化に眉を顰める立場はとらない。むしろビジネスをド
ライブフォースとして脱炭素化を進めるべきだという立場をとる。ただし、脱炭素化の目的が、
温暖化ガスの削減による地球の温暖化の防止であり、そもそも地球温暖化は環境問題という多
様で因果関係の複雑で捉え難い難問の一つの側面であるという本質を見失ってはならないとい
う前提ではあるが。
 
■ファサードデザイン
さて次のキーワードは、ファサードデザインである。建築分野で脱炭素を目指すとなると、先
ずその中心となるのは空調機器などの所謂設備機器の効率化であり、次は建設時の手法や材料
などの問題に思われ、ファサードのデザインが占める位置は極めて限定的と考えてしまうのが
普通だろう。実は、僕自身もそう思い込んでいたのだが(苦笑)、実際の建物の設計で脱炭素化
を目指してみると、ファサードのデザインが大きな位置を占めることを実感するようになって
来た。

改めて考えてみれば、建築をつくることの原型は、この世界つまり外部環境からその一部を切
り取り、ある空間領域つまり内部環境を生み出すことではなかろうか。ここで内外を切り分け
る主要な建築エレメントがファサードということになる。ただしファサードは内外を厳格に切
るのではなく、人の出入りや通風や採光のために、内外を微妙につなぐ必要があり、この微妙
なつなぎ加減が、建築の魅力を生み出す大きな要素となっている。

もちろんこのつなぎ加減は、外部環境の状況とそこから切り取る内部環境が目指すところで
様々に変化する。たとえば比較的マイルドな気象の日本では、建物の内外は、屋根と構造体と
その間を埋める建具が中心であり、ファサードという言葉から想像しがちなヨーロッパの中世
の教会建築に見られるような分厚い壁といったようなものはほとんど見当たらない(写真1)。
夏であれば建具を開け放ち通風を得ることで暑さをしのぎ、冬においても簡易な建具を閉じる
ことで寒さをしのぎえる日本の外部環境が、日本建築のファサードの在り方をかたちづくった
と言えるだろう。それゆえ、遮断するよりも「微妙につなぐ」ことが日本建築の妙味を生み出
すことになったのかもしれない。縁側などを見ていると(写真2)、庇や容易に開閉できる建
具と一体となり、外部の庭と屋内を微妙につなぐことで内部環境を調節しつつ、建築がデザイ
ンされていることに気づく。

 写真1:日本の建築

 写真1:日本の建築


 写真2:縁側

 写真2:縁側


一方、現代のビル建築の原型とも言える摩天楼は、どちらかというとファサードで内部環境と
外部環境を切り放すことを前提として生まれたデザインと言えるかもしれない。摩天楼が出現
を後押しした諸技術については多くの見解があるが、とりあえずは以下の4つの技術は押さえ
ておくべきように思われる。

・産業革命により構造に用いる鋼材が大量生産できるようになったこと
・エレベーターの技術革新により、垂直移動が安全かつ容易になったこと
・人工空調により内部空間の温熱環境を人工的につくり出せるようになったこと
・人工照明により内部空間の光環境を人工的につくりだせるようになったこと

この中でも下の二つの技術により、摩天楼は内外の環境を切り離し、人工環境で補完すること
が原点にある。そして摩天楼の出現により、建築家によってデザインされてきた建築は、デザ
インを担う建築家と、構造を担う構造設計者と、人工環境を担う設備設計者に大きく専門分化
が進むことになった。
 
こうして専門分化されるようになった建築のデザインを一人の天才建築家が大きく変えること
になる。摩天楼の内外の新たなつながりを提案し、摩天楼の外観デザインを大きく変えてし
まったのである。ミース・ファン・デル・ローエによるファサードを全面ガラス張の「ガラス
の摩天楼計画」である。全面にガラスを用いたファサードにより、閉じられていた摩天楼
は、(人工環境的には閉じた状態を維持したまま)視覚的には内外の強いつながりを獲得し、
そのファサードデザインを大きく変えていくことになる。

以後、世界の大型建築は、その建築が置かれる外部環境を踏まえ、摩天楼以前の内外な微妙な
つながりと、人工環境を前提とした内外の遮断を前提とした摩天楼と、ミースのガラスの摩天
楼による内外の視覚的連続とをバランスさせる方向で、建築とファサードはデザインされてき
た、と言いたいところだが、実際には奇妙な方向へと進んだ。当時は、人工環境技術による地
域差の超越が大きな社会課題であり、「国際様式」の建築に見えるように、外部環境の差異を
人工環境で克服する「力技」的方向で建築はつくられてきた。
 
1960年代以降の建築は、国際様式の影響を強く受けながらもその力業に無理を感じ、地域主
義やサイトスペシフィックをキーワードに、建物をデザインする動きが出始めた。この流れに
重なるように登場したのが環境建築だった。ただし、環境建築を担うのは主に人工環境を担う
諸設備機器の効率化と捉えられてしまうことが多く、設備設計者が中心となって検討を進める
ことが多かった。またクライアントの方は、環境建築の社会的な意義は理解するものの、ビジ
ネス上は設備機器の効率化などがもたらす建設コストアップを足枷と捉え、環境建築の普及は
スムーズには広がらなかった。
 
■ZEB
現代に至り、ファサードにより分節されつつも微妙につながる建物の内外で起こる環境の変化
が、コンピュータ―の発展による膨大なデータ分析や、そこから導かれたシミュレーション技
術により、これまでとは桁違いの精度で検討や予測が行えるようになってきた。

その考え方を代表するのがZEB(Net Zero Energy Building)という考え方だ。その概略は以
下の通りだ。

最初のキーワード「脱炭素化」でも触れた通り、広範な側面の検討により成立する環境建築の
計画が、建物が建設中に排出する炭素の量(エンボディードカーボン)と、建物を運用中に排
出する炭素の量(オペレーショナルカーボン)で一元的に見えるようになってきた。さらに
オペレーショナルカーボンは、設備システムの効率(BEI)と、建物の外壁の温熱性
能(BPI)との関係で決まることが非常に明快に示されるようになった。実際の建物の設計
でこのBEIとBPIの関係を見てみると、BPIすなわちファサードの性能を上げない限り
BEIの性能を上げても無駄になることが解り、BPIの性能を上げることが建築のZEB化や
脱炭素化に大きく関係することが解って来た。今後、ファサードは建築の脱炭素化の大きなカ
ギとなり、同時に、ファサードは脱炭素の視点を担ったデザインになっていくだろうと、僕は
考えている。
 
■デジタル
3つめのキーワードは、デジタルである。脱炭素にフォーカスされたことで、複雑で捉え難い
環境建築の諸問題を炭素というわかり易い指標で一元的に示せるようになり、設備機器の性能
とファサードの相関が把握できるようになった。ファサードのデザインが、建築の脱炭素化の
ための大きなエレメントとして位置づけられることになったわけであるが、ファサードで内外
の環境を分けつつも微妙につなぐことが建築をつくる妙味であり原点であることを考えれば、
ごく自然のことにも思える。
 
ところが、実際のファサードの設計に当たっては、取り扱わなければならない事象が満載で、
専門家とはいえ直感的に最適な解の方句を嗅ぎ当てるのは容易ではない状況になっている。例
えば光に関するものだけを考えてみても、太陽の動き、周辺建物がつくる影の動き、天空光が
つくる明るさ、眺望など様々な事項を捉えながら検討を進める必要があり、事実上はデジタル
空間上の3次元モデルや各種シミュレーション、それらを連動するための多目的最適化などの
コンピュテーショナルデザインなどが必要になってくる。加えて建物をつくる段階や運用する
段階でも種々のデジタル技術が入り込んできたため、常に建築ビジネス全般に関わるデジタル
技術に目を配る必要もある。僕自身は、これらのデジタル技術の主要なもの、Artificial
Intelligence, Building Information Model,  Computational Design, Digital Fabrication,
E Commerce, Internet of Things, Simulation, Metaverseの頭文字をと「ABCDE-ism」
と名付け、備忘録やチェックリスト代わりにしている。
 
講演会やレクチュアーでは、こうしたアウトラインをお話させていただいた後は、これまで実
際に自分が日建設計でデザインを担当してきた木材会館(写真3)やホキ美術館やNBF大崎ビル
などのファサードが、3つのキーワードとどのような関係を持っているかを事例として説明し
ているが、ここでは割愛させていただく。

   写真3:木材会館

   写真3:木材会館


その代わりに、現在検討中の、ファサードを一点紹介させていただく。これは、建築の脱炭素
化を真剣に考えると、建築家の直接的な介在が困難な、膨大な数の中小既存ビルの脱炭素化改
修が必要となるとの視点から、開発を進めているものだ。具体的には、既存のビルを外側から
包み込むだけで、太陽からの直射は100%カットしつつも、内部からの見通しを確保できる後
付けファサードを自動デザインするためのシステムである。今まではルーバー程度しかなかっ
た光と視線を制御するエレメントのオルタナティブの開発であり、新しい内部と外部の微妙な
つながりをつくりだすためのものである(写真4,5,6)。

    写真4

    写真4


 写真5

 写真5


      写真6

      写真6


建築の脱炭素化に向けて、建築家がデザインで解決をしていかなければならない社会課題は、
まだまだたくさんありそうだ。そう考えて、建築の設計を続けている。

山梨 知彦 氏

日建設計 チーフデザインオフィサー 常務執行役員