DIY的環境設計
2022.12.22
パラメトリック・ボイス
東京大学 / スタジオノラ 谷口 景一朗
11/29~12/1につくば国際会議場にて、国際会議The 28th ACM Symposium on Virtual
Reality Software and Technologyが開催された。この国際会議の中で、興味深い研究報告が
あったのでここで紹介したい。
韓国・高麗大学校(Korea University)とLGエレクトロニクスが共同発表した論文「Virtual
Air Conditioner’s Airflow Simulation and Visualization in AR」では、空間に設置された空
調機による気流環境や温熱環境への影響を、ARを用いてリアルタイムに把握することが出来
るシステムが報告されていた。このシステムでは、まずユーザーがモバイル端末を用いて室内
空間の形状をスキャンすることで、気流環境・温熱環境を解析する解析空間の作成が完了する。
その上で、空調機の位置を決定し所定の設定条件を入力することで空調時の気流環境・温熱環
境のシミュレーション(CFD解析)が実施され、即座にARで可視化することが可能となるとの
ことである。ちなみに、シミュレーション自体はサーバ上で実施されるため、高負荷なCFD解
析も短期間に実施することが可能だそうだ。また、仮想のパーティションや什器などを配置し
て、それらによる気流環境・温熱環境への影響も評価できるという。この研究グループが実施
した実測値とシミュレーション値の精度検証では平均絶対誤差(MAE)0.36℃とかなりの高精
度をうたっている。おそらくは、日射による熱取得や隣室からの過度な熱移動がない状況下で
の検証と推測されるが、それでも空調機設置による気流環境・温熱環境への影響をリアルタイ
ムに、かつ視覚的にわかりやすくユーザーに伝えることのできるこのシステムは、今後特に改
修における設備計画等において大きな手助けとなることが期待される。
筆者はこれまでに下図に示すような設計時のシミュレーション活用に関わる課題点を列記して
きた。多分に筆者の個人的経験が反映されてはいるが、実務でシミュレーション活用を試みた
方には共感いただける点も多いのではないだろうか。
この中でも、従来のシミュレーションは計算負荷によって一定の時間がかかることでタイムロ
スが発生することと、シミュレーションはあくまである想定のもとでの物理現象の再現に過ぎ
ないため建物運用段階で発生するすべての事象を再現することはできないことは大きな課題で
ある。そのような課題の中で、本コラムで紹介したシステムのように“手早く適度な正確性を
もって”物理現象を再現する手法が果たす役割は、今後ますます大きくなってくると予想される。
以前にコラム「脱炭素化の先を見据えて」で紹介した筆者らの研究チームが検討している機械
学習を用いたリアルタイムでの環境予測技術も同様の課題意識から進めているものである。
このような技術の普及により、まるでDIYのように手軽かつ簡易にシミュレーションによる環
境設計を行うことが出来る時代がもうすぐ近くまで来ていることを予感させてくれる研究報告
であった。
最後に。冒頭に紹介したような研究報告は、建築計画にとても大きな影響を及ぼすことが出来
る技術であるにもかかわらず、現状ではおそらく例えば日本建築学会論文集・技術報告集には
なかなか採用がされにくいものだと思われる。本コラムを読んでいただいている研究者・技術
者の方の中で同様の研究開発を行いながら技術の報告先に迷っている方がいらっしゃれば、ぜ
ひ建築情報学会論文集「Journal of Architectural Informatics Society」への投稿を検討いた
だきたい。時代を変える新しい技術は、きっと既存の評価体系から外れたところで産声を上げ
るのである。