新人デジタルデザイン研修の最新事情
2023.01.31
パラメトリック・ボイス 前田建設工業 綱川隆司
以前のコラムで「DXアセスメントテスト」なるものが弊社で実施されたお話を書かせていた
だきました。私のその結果が平均点以下でがっかりしたわけですが、追い打ちをかけるように、
その後に補講のような研修に参加させられました。その内容はDXとは全く異なる所謂デジタ
ルカイゼン的なモノで、特にここで触れるほどのものでもないのですが、そこに掛けるコスト
と労力、そして私の奪われた時間を考えると怒りに震えます。また世の中にはこれに似たもの
が蔓延し商売として成立しているようなので驚いてもいます。そんな現場任せの改善は無駄で
はありませんが、結果的に部分最適で終わると思います。ボトムアップのやり方では限界があ
り、そもそもDXには成りえません。全体最適の戦略を持ったトップダウンであるべきですが、
そんな戦略を描くこと自体の困難さと、そこにある経営的リスクも一方では感じます。建設業
は特にサプライチェーンが複雑ですから、1社で考えても実現できないことが多く、業界全体
の成熟と新たなイノベーションが必要と思います。単に業務改善にAI、デジタルツイン、クラ
ウドサービスなどのソリューションを当てがって積みあげたところで、“Think outside the
box”で真のイノベーションやルールチェンジを前にしたら吹き飛んでしまう気がします。
さて、少し興奮気味に愚痴をこぼしてしまいましたが本題に入ります。
年が変り2023年の1月は例年と同様、設計配属の1年生を集めて研修を行っていました。3週
間もの長い期間を費やすことになるので、受講者にこの研修で何を持って帰ってもらえるか
は、預かるこちら側としても大きな問題です。十数年前に始めた頃はBIMの習得が大きなテー
マでした。そのころは大学でBIMを学んだ経験者の方が稀でしたから、入社後に初めて触る人
がほとんどでした。現在はどうかと言えば、実は過半の方が何らかのBIMツールの経験が既に
ありました。入社前に持参したポートフォリオでも、かつては模型写真が中心でしたが、今で
はBIMのレンダリングがほとんどです。そうなるとこちらの研修のメニューにも影響がありま
す。確信が持てなかったので事前に参加予定者にデジタルデザインツールに関するアンケート
を実施しました。Archicad若しくはRevitのようなBIMツールを既に使える人が過半数、また
Rhinocerosの経験者も過半数いました。従ってメニューを再考し、研修タイトルからBIMを外
し、設計課題をメインにしたデジタルデザイン研修としています。
研修における設計課題は毎年行っており、そのテーマも社会人が参画できる外部コンペをここ
数年取り組んでいましたが、コンペ自体の数が以前より減少傾向にあり、研修中の課題に選定
できる内容とスケジュールが合致するものとなると、国内のコンペは壊滅的で昨年度は海外の
国際コンペに手を出しました。それはそれでグローバル化という切り口の成長戦略ではあり意
味はあったのですが、コンペ要綱や敷地の読み込みと理解といった、今後の実務に直結する重
要な部分の手前に言語の壁という大きなハードルが存在し、限られた時間内でのアウトプット
を考えると障壁になっていた感は拭えません。今回も実は直前まで海外の国際コンペを題材に
せざるを得ないかな、と諦めかけていましたが、縁あってある地方都市の実際の敷地を題材
に、地域の抱える問題解決をテーマとした設計課題に取組めることとなりました。これを執筆
している現在は成果発表の前日ということで最終形は未見ですが、途中のエスキースの段階か
らBIMを始めとするデジタルツールを用いたアウトプットが成されていましたので、十数年前
とは隔世の感があります。成果品の見栄えを良くするだけでなく、検討段階から活用できるデ
ジタルネイティブの世代が始まっているかもしれないと、私は一方的に期待してしまいます。
また別の場での会話ですが、最近の若い人の価値観として「社会への貢献」が仕事のモチベー
ションになる傾向が従来の世代より強いようで、今回の地域問題解決型の課題にも強く惹かれ
ているのを感じます。これは弊社のミッションであるCSV(Creating Shared Value:共通価
値の創造)にも繋がり、恐らく今回の計画が現実に建設される可能性は少ないとはいえ、実際
にそこで活動している方々のお話を聞いた上で、建築に何が出来るかを考え、BIMで仮想空間
にそれを顕在化させる体験は、これまでの公開コンペで得られる知識や経験以上の価値がある
かもしれません。またこの課題は新人同士の3名程度のチーム単位で取組んでおり、タテの人
間関係よりヨコの関係性を重視する若い世代の行動様式にも合致していると思います。その結
果はまた別の機会にご紹介したいと思います。
研修を受ける方と企画する方といずれの立場でも「人を育てる」ためのコストや労力は膨大に
必要となることを実感しています。コロナ禍でのテレワーク環境は、特に若いこれから仕事を
覚えなければならない世代の方には障壁であったはずで、これから失われたコミュニケーショ
ンを再構築することも必要となります。また受講した側の反応もMicrosoft Formsの様にほぼ
リアルタイムでフィードバックできる仕組みもつくれますので、我々としては「DXが~」と
大上段に構えるのではなく、デジタルデザイン時代ならではの研修のスタイルを今後も模索し
ていきたいと思います。