建物データの匙加減
~評価・分析のためのBIMモデル
2023.02.02
パラメトリック・ボイス NTTファシリティーズ 松岡辰郎
料理は嫌いではないし不得意でもないのだが、とても趣味や特技と書けるレベルでもない。元
々気が向いたら食べたいものを作るという感じだったのだが、かれこれ四半世紀ほど前に共働
きで双子の育児をすることとなり、それ以来生きる上で当たり前にやるべきこととなった。配
偶者も残業や出張が当たり前の仕事をしていたので、常にどちらかがどんなに忙しくても定時
までに仕事を終わらせ保育園に向かっていた。
帰宅したら洗濯をして夕食を作り、ひとしきり遊んでから風呂に入れて寝かしつける。現在の
ような育児休暇もフレックスもリモートワークも制度がなかったので、迎えに行く日はとにか
くどうすれば定時までに仕事を完了させて退社するか、そればかりを考えていた。帰宅したら
帰宅したでお腹をすかせた息子たちをあまり待たせることはできないので、最初に持ち帰った
洗濯物を洗濯機に放り込んで冷蔵庫にあるもので夕食のメニューを検討する。許容される時間
は30分程度だったが、慣れるとその間に主菜副菜サラダ味噌汁を揃え、いただきますまでに盛
り付けに使う食器以外の器や鍋類は全て洗い終えている、ということができるようになっ
た(プロの料理人にとっては当たり前のことなのだろうが……)。食休みに洗い終わった洗濯
物を乾燥機に移して風呂上がりに翌日の保育園に備える、といったことを配偶者と分担しなが
ら、その数年後に生まれた娘を育てた時期を含めなんとか乗り切ってきた。
切る煮る焼く炒める寝かせる盛り付ける等が調理タスクだが、それぞれの所要時間を組み立て
て全品同時に(できれば炊飯器がご飯を炊き上げるタイミングで)完成させると一番美味しい
と言ってもらえる。そのために完了ポイントを合わせて遡り、どのタスクをどのタイミングで
始めるか決める。今となってはこの時期の経験が、チームとして無理なく無駄なく仕事を完了
するためにメンバーやツールにどのようなタスクをどのタイミングで振れば良いかといったコ
ツを身につけさせたのだと思っている。
このような日々なので料理と言っても分量や手順をレシピ通りに行うことはあまり考えず、基
本フォーマットを覚えたらあとは毎回材料も調味料も適当に冷蔵庫にあるものと目分量でなん
とかしてきた。家族から美味しいからまた作って、と言われても再現性がないところが問題な
のだが、幸いなことに大失敗したという記憶はない。
一方、本当に時々だが気まぐれにデザートを作ることがある。不思議なことに普通の料理は材
料や調味料の分量や調理手順をある程度適当にしても成立するが、デザートだけは材料の種類
や分量と作成過程のすべてがレシピ通り厳密でなければ間違いなく失敗する。門外漢なので理
由については想像すらできないが、材料の種類と分量、オーブンや湯煎の温度と時間といった
各パラメータの最適な組み合わせと誤差の許容範囲が非常に狭いとのだと推察している。
最近FMや維持管理でBIMの利用が進まない理由を聞かれる機会が増えている。FM・維持管理
でBIMが活用できると声を上げているのは主として建築生産側であり、FM・維持管理側はそ
れを少し冷めた目で見ているから、というのが筆者の考察である。これだけ建物データが揃っ
ているから建物運用フェーズでも便利に使えるはずだ、というのはその通りかも知れないが、
FM・維持管理側が具体的なメリットをイメージできていないことが大きいかもしれない。なぜ
具体的にイメージできないかというと、おそらくFM・維持管理側がBIMの活用以前に、建物
データの評価・分析による課題抽出や問題設定を十分に行っていない、というのが一因だろう。
定期的に建物の部位・機器を点検し、劣化したり故障したりしていたら改修・交換する、故障
のクレームがあれば修繕を行う、という従来のやり方であれば、わざわざBIMモデルを介して
新たに詳細な建物データを提供されなくても現場と手持ちの情報で支障なく業務ができるとい
うことだと思う。例えば「事後保全」から「予測保全」への移行といった、これまでのやり方
では実現が困難な高い目標を設定し、問題解決のためにこれまで容易に入手できなかった建物
データを活用する手段が必要になれば、BIMモデルを介した建物データの必要性を実感できる
かもしれない。
建物ライフサイクルマネジメントにおいて、講義のFMは建物データを作るよりはそれらを評
価・分析をするフェーズだと捉えるべきである。FMで必要とされる建物データは施設の種類
や規模だけでなく経営や事業の方針によっても千差万別であり、建築生産と比較して整備する
データ項目の組み合わせが格段に多い。単体の建物を管理するための建物データと、多施設の
品質を平準化するための建物データでは、利用する項目も粒度も異なるものとなる。高品質な
SLAを設定し精緻に運用するのであれば、データ項目は多くなり、すべての項目へのデータ格
納が必須となる。一方、多くの建物を群として捉える場合、個々の建物データは勿論精緻に整
備されるに越したことはないが、それが難しい場合でも建物群の全体像が把握できるような評
価・分析のための建物データが整備できれば良しとされるだろう。
建物データをどのような評価・分析で使われるかを意識した上でBIMモデルの作成と受け渡し
をしなければ、例えば時間的手段的理由でデータを揃えたくても整備が難しい実務チームと
ルールに従ってすべてのデータを整備すべきという立場のBIMマネージャーが衝突し、BIM導
入が失敗に終わるといったことも起こり得る。建物データを整備する際にはこのような事態に
陥らないBIMマネジメントでの匙加減が求められる。とはいえ、整備できずに空いたままの項
目が増えれば建物データの器としてのBIMモデルの品質は下がることとなる。当然だがFM・
維持管理での活用目的を明確にせずにあれもこれも必要だろう、と総花的なデータ項目を設定
することは避けるべきである。
FM・維持管理で当たり前のように活用されるBIMモデルの姿は、FM・維持管理が更に一歩高
度化するための課題抽出と問題設定、原因分析や将来予測が可能となる評価・分析のための建
物データのあり方、そしてその整備運用のための匙加減が確立された先に見えてくると考えて
いる。
1970年代前半に東京12チャンネル(現テレビ東京)で放送していた料理エンターテイメント。
国内のテレビ番組にはない面白さがあり、料理に興味を持つきっかけにもなった。勿論当時は
録画をするような設備はなくレシピを記録することもできなかったが、21世紀になってから
DVDが発売され一も二もなく入手した次第。グラハム・カーが筆者の料理の師匠だと勝手に
思っている。
様々なモダンアート作品にインスパイアされたデザートのレシピ集。実際に作らなくても写真
を見たり作り方を読んだりするだけで楽しい。イメージの転換ということについても参考にな
る一冊。