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コラム

建築BIMの時代21 BIMを愛おしむ

2023.02.28

ArchiFuture's Eye                 大成建設 猪里孝司

少し長くなるが私事にお付き合いいただきたい。私は浪曲、講談、漫才、落語など話芸全般が
好きである。特に上方落語、中でも桂米朝師が大好きで、毎晩寝床で米朝師の落語を聞きなが
ら寝入る時が私の至福の時間である。数多い米朝師の著作の一つに「上方落語ノート」がある。
全四集で、昭和50年(1975)から平成12年(2000)に雑誌等に掲載されたものを単行本に
まとめたものである。令和2年(2020)に文庫化されたものを2022年の年末に本屋で見つけ、
今年の年明けから読み始めた。私の曽祖父は曽呂利新左衛門という落語家だったのだが、「上
方落語ノート」の中で何度か曽呂利について言及されていて、大変うれしく思っている。特に
「曽呂利については別に一研究が要ろう。ご子息の猪里桃太郎氏が貝塚市にご健在のはずであ
る。一度拝眉したいと思っている。」との記述を目にしたときは、様々な思いが沸き上がった。
この文章が書かれたのは昭和53年(1978)頃と推察される。私が高校生の時だ。確かに当時、
祖父は大阪府貝塚市に住んでいて、米朝師から毎年年賀状が届くと聞いたことを思い出した。
祖父からもっといろんな話を聞いておけばよかった、それを記録しておけばよかったと後悔し
ている。
 
「上方落語ノート」を読むと、米朝師がどれだけ上方落語を愛おしく思っているかがよく分か
る。落語や寄席の歴史、落語と歌舞伎や文楽との関係、それぞれの落語の背景や意味、言葉遣
いや仕草などさまざまな事柄が取り上げられている。それらすべてが上方落語の理解を深めて
くれると共に、それを後世に残したい、伝えるべきだという強い意志が伝わってくる。そして、
その知識や思いが師の落語の深みや味わいにつながっているような気がする。落語を愛おしむ
心が、落語にあらわれているといえる。
 
そのようなことを考えていると、私自身はBIMとどう向き合っているのかと思ってしまう。自
分のことを棚に上げて言わせてもらうと、現在BIMに関わっている人たちもどれだけBIMを愛
おしんでいるのかというと、甚だ疑問である。一方、建築を愛おしんでいる人は沢山いる。コ
ンピュータやコンピュテーショナル・デザインを愛おしんでいる人も、ArchiFuture Webの
コラムに執筆している方々を始めとして少なからず存在している。私の個人的な感覚で、何の
エビデンスもなく的外れな言説かもしれないことは承知している。しかし、ある事柄に深い思
いを持つ人の多寡は、その事柄の発展や拡がりに少なからず影響を与えるということに、同意
してくれる人は多いと思う。
 
BIMを愛おしみ、それを表す人が現れ、増えてくれればBIMがもっと建築関連業界に受け入れ
られるのではないかと思う。現在は、国や業界などいわば周りからの支援や影響でBIMが盛り
上がっていると感じている。それは決して悪いことではないのは勿論であるが、BIMが普及し
永続性を確保するためには、BIMを愛おしむ人が必要不可欠である。BIMが楽しいと思う人が、
老若男女を問わず少しずつ増えているような気がする。その中からBIMを愛おしいと思う人が
出てきてくれることを願っている。

    この写真は大阪の新世界のづぼらや本店である。商売を愛おしんだ結果がこのような
    表現になったのかもしれない。

    この写真は大阪の新世界のづぼらや本店である。商売を愛おしんだ結果がこのような
    表現になったのかもしれない。

猪里 孝司 氏

大成建設 設計本部 設計企画部長