技術が変える設計の視点
2023.06.15
パラメトリック・ボイス
コンピュテーショナルデザインスタジオATLV 杉原 聡3月の建築情報学会WEEKで筆者がパネリストとして参加したVUILD ARCHITECTSの篠原岳
氏によるラウンド・テーブル・セッション「曲面形状を実現させるための設計」にて話が尽き
なかったため、パネリストとして参加されていた石原隆裕氏の企画で、石原氏の所属する
株式会社ヴィックにて曲面形状座談会が開催された。座談会には元のセッションに参加してい
た篠原氏、石原氏、HUNE Architectsの林盛氏、筆者に加え、株式会社白矩の押山玲央氏が参
加し、株式会社ヴィックの蒔苗寒太郎氏が司会を務めた。その内容は株式会社ヴィックのブロ
グに掲載予定であるが、座談会中に触れられた数多くのトピックの中の一つに3D CADソフト
ウェアのモデリング/幾何学操作の特性が設計に与える影響があった。そのトピックに関連する
文章、1990年代後半の3D CADソフトウェアの導入がモーフォシス設計事務所の設計プロセス
に与えた影響に関する小論文を、過去に筆者がUCLA建築大学院在学中に建築史の授業の課題
として執筆したことがあるので、今回はそれを少し手直しした抄訳を掲載する。
はじめに
カリフォルニア州ポモナ市郊外の丘陵地に位置するダイヤモンド・ランチ高校は、モーフォシ
ス建築事務所の設計で2000年に建設された(図1)。設計は建物とランドスケープの関係性、丘
陵地の特徴的な敷地を活かした学校プログラムの配置を主眼に置いてなされ、この公立高校は、
学校建築の革新的な模範としてだけでなく、現代建築の文脈で建物とランドスケープの関係を
上手く実現した重要な現代建築として評価され、2003年にアメリカ建築家協会の栄誉賞を受賞
した。
建築家の視点の変化
ダイヤモンド・ランチ高校では、丘に沿った建物の配置と、敷地全体を覆う起伏のある屋根が、
建物とランドスケープの調和を図るポイントとなっている。傾斜のある敷地には、等高線に
沿って建物が並び、その中央を同じ方向にメインストリートが通る。建物群より丘を登った上
側には校庭、降りた下側にはサッカー場と野球場がある(図2)。そして並んだ建物達を覆うよう
に、起伏のある屋根が配置され、建物に一貫性を与えて、建物周辺のランドスケープとの連続
性を与える(図3)。言わば屋根は敷地を覆う一枚の大きな曲面となって、建物は曲面と地面の間
に収まっている様相を呈する。モーフォシス代表のトム・メインは、ランドスケープと建物の
関係、そして屋根の起伏について、次のように語っている。
「丘の斜面を整地してプログラムに対応させるというアイデアは、建築設計の準備段階として
の整地ではなく、建築と連動して土地が形作られるという、より興味深いコンセプトにすぐ移
行しました。丘の中腹の敷地全体が、建築と環境が絶えず入れ替わる機会を誘発するのです。
折り曲がる屋根の面が敷地を再構成し、新たな環境が生まれます。屋根は平面となり、立体と
なり、プログラムに必要な空間を包み込むのです」。*1
このプロジェクトは、従来とは異なる視点を持った新たな種類のランドスケープ・アーキテク
チャを提示する。以下に歴史上のランドスケープ・アーキテクチャを2つ挙げて比較する。
18世紀のイギリス式庭園は、特徴的な様式を持つ典型的なランドスケープ・アーキテクチャ
で、その一例が、1744年から1765年にかけてヘンリー・フリットクロフトとヘンリー・ホー
アによって設計されたストウヘッド庭園である(図4)。この庭園はローマ風の建物と湖、川、
緑地、森で構成されている。当時のイギリスの貴族の子弟はグランドツアーに参加し、ローマ
を散策して出会った建築や風景に感銘を受けることが多く、そのような感銘がイギリスでの
ローマの風景の再現を促したという側面がある(訳注:イギリスにおけるバロック建築への反動
とパッラーディオへの注目による新パッラーディオ様式の興隆という側面、風景画で着目され
た絵画的自然の美しさの再現という側面もある)。ストウヘッド庭園では、ローマ建築様式の建
物が注意深く配置され、庭を歩いたときにドラマチックに出現して散策の体験を提供する。建
物や自然を含む庭園の要素は、歩く人たちからどのように見えるかが着目され、導線上に額縁
を想定してその中で絵画のように要素が構成される(図5)。このようにある地点から絵を描くよ
うに構成されたピクチャレスクなイギリス式庭園は、歩く人の視点に立ち、平面図を見下ろす
垂直方向ではなく、水平方向の人間の目の高さに設計の主たる視点があると言える。
更に過去のランドスケープ・アーキテクチャ、例えば17世紀のフランスのヴェルサイユ宮殿
では設計の視点は異なる。ヴェルサイユ宮殿はルイ14世の命により建設され、主要な建物は
ルイ・ル・ヴォー、ジュール・アルドゥアン=マンサール、シャルル・ル・ブラン、庭園は
アンドレ・ル・ノートルにより設計された。ヴェルサイユ宮殿の目的の一つは、王の絶対的
な権力を示すことにあるため、建築のあらゆる要素が注意深く制御され、自然さえも人工的
に制御される。絵のように美しい庭園を建物内から見せたいという意図もあったが、庭園の
平面図(図6)は、軸線や対称性、人工的に整形された植栽や池による幾何学的に構成を示し、
設計が主に平面図に基づいて行われ、設計者の視点はイギリスのピクチャレスク庭園のよう
な水平方向ではなく、垂直方向に地上を見下ろす天空にあったことが示唆される。
ではモーフォシスによるダイヤモンド・ランチ高校では、どのような視点で設計がなされたで
あろうか。トム・メインの言うように、建築がランドスケープと調和するための重要な要素は
起伏のある屋根である(図3)。この屋根を17世紀のフランス庭園のように上空から垂直に見下
ろした場合、その起伏や高低差は見えず、面の境界と起伏の稜線が見えるだけである(図7)。
また、この起伏を18世紀のイギリス式庭園のように人間の目の高さで水平方向に見るとどうだ
ろうか。仮想的に連続する屋根面の下側から見上げることになり、建物となっている場所では
壁面と屋根の縁が見えるだけである(図1)。つまりダイヤモンド・ランチ高校の設計の視点は、
天空の神が地上を見下ろす垂直方向の視点(平面図)でも、地面を歩く人間の水平方向の視点(地
上からの透視図)でもない。ここで建築家による屋根の起伏を操作する図を見てみよう(図8)。
これらの図は、屋根の高さがどのように変化し、どのように折曲げられ、どのように屋根が建
物を収容し、ランドスケープとの整合性と連続性を保つのか、その過程を表しており、この鳥
瞰図の視点が設計の主たる視点であることが強く示唆される。
以上のように17世紀のフランス庭園での平面図、18世紀のイギリス式庭園での地上からの透
視図という視点に代えて、2000年のダイヤモンド・ランチ高校では鳥瞰図という視点から設
計がなされ、これら各々の視点がランドスケープ・アーキテクチャの異なる設計手法を導いて
いるのではないか。
技術が与える視点
ではダイヤモンド・ランチ高校の設計の視点の変化は何によって引き起こされたのか。それは
当時の新しい技術3D CADの導入によるものであると筆者は考える。ダイヤモンド・ランチ高
校のプロジェクト開始時にコンピュータはモーフォシス建築事務所に既に導入されていた。
トム・メインは、80年代より洗練されたドローイングを描くことで知られており、手描きのド
ローイングは、彼の建築設計において重要なツールである。しかし、コンピュータの導入は、
以下に語るように彼の設計のプロセスに大きな影響を与えた。
「私のドローイングは合成を通じて疑問を探る原始的な方法なのです。4年前だったなら、こ
のスケッチはトレーシングペーパーに描かれていたでしょう…その後さらにスケッチを重ね、
清書されたドローイング、模型になるでしょう。そしてそこから、より大きく詳細な検討模型
や図面へと進んだことでしょう。コンピュータの場合は、最初のオブジェクトを操作し続け...
押したり引いたり、線を足したり引いたり...そのプロセスは、建てて、解体して、また立てて、
というように、非常に直接的で、むしろ身体的なものなのです」*1
また、コンピュータによる手法の変化で感じたこと、建築プロセスにおける図面の役割の変化
を次のように語っている。
「コンピュータを手にした私はもうドローイングには戻れません。私が興味あるものは全て、
この三次元のシステムから生まれます。複雑に交差した形態が生まれるのです。そこにもはや
図面は存在しません。私たちはこのようなプロセスを初期形態の生成に使うのです。これは後
戻りできない流れで、私の中の一部となってしまいました。私より後の世代にとっても図面は
意味のあるものではなくなってしまうのでしょう。」*2
このように、モーフォシスにコンピュータと、そして容易に透視図(またはアクソメ図)が表示
できる3D CAD(訳注:恐らくFormZ)が導入されたことで、鳥瞰という新しい視点が設計に与
えられ、設計手法に変化が起きたのではなかろうか。
では設計手法の変化はどのように作品の変化として現れているだろうか。トム・メインは、ダ
イヤモンド・ランチ高校と関係のある過去の作品について次のように語っている。
「学問とスポーツのプログラムの水平空間を収容するために広大な敷地を操作する必要があり
ました。この作品が、ランドスケープと強い関わりを持つ過去のプロジェクトに連なるものと
なることが明らかになったのです。私たちは、すぐにクロフォードと千葉のことを考えまし
た。」*2
1990年にカリフォルニア州モンテシトの太平洋を見下ろす土地にクロフォード・ハウスは建て
られた(図9)。千葉ゴルフクラブは、1991年に設計された千葉県のゴルフ場のクラブハウス
である(図10)。両プロジェクトとも、円弧状の長い壁や、規則的に繰り返される箱型のボ
リュームなど、平面上の要素の形状は似ている。 これらのプロジェクトでは、ランドスケー
プを構成する最も重要な要素は円弧状の壁であり、箱型のボリュームは、壁より後に出現して
必要なプログラムを収容するために、壁と再構成された地面に反応して配置されているように
読み取れる。そこで、このクロフォード・ハウスや千葉ゴルフクラブの円弧状の壁と、ダイヤ
モンド・ランチ高校の起伏のある屋根を、ランドスケープのための主要な建築要素として比較
した場合、前者は壁の横や間にプログラムのボリュームを収容する垂直要素である一方、後者
は高さが適応してその下にプログラムを収容する水平要素である。また前者では、上部がほぼ
平らな個々の形態要素の高さを変化させて敷地全体に多様性を与えている。一方後者では、丘
陵地の屋根の起伏に沿って、建物の高さが変化して連続性が与えられている。 クロフォー
ド・ハウスや千葉ゴルフクラブは、敷地、壁、建物の関係が水平であり、平面図上での設計操
作が読み取れるため、これらのプロジェクトの視点は平面図的であると考えられる一方、ダイ
ヤモンド・ランチ高校の視点は、前述したように鳥瞰である。このように技術が建築家の視点
に変化を与え、設計手法を変えた様子が窺える。
1999年から2002年にかけて設計されたシンシナティ大学レクリエーションセンター(図11)
や2000年から2003年に設計されたサンフランシスコ連邦ビル (図12)のように、建物とラン
ドスケープをつなぐ重要な要素である起伏のある曲面は、それ以降多くのプロジェクトで現れ
ており、建築家の重要な言語となったと言って良いだろう。特にシンシナティ大学のプロジェ
クトでは、クロフォード・ハウスや千葉ゴルフクラブで用いられた過去の設計手法とダイヤモ
ンド・ランチ高校で用いられた新しい手法が統合されているような印象がある。これは現在も
モーフォシスによる設計手法が進化を続けていることを示すと言えよう(訳注:この小論文は
2005年に書かれ、その後2007年に筆者がモーフォシスに入社して設計手法の進化に取り組む
ことになろうとは露ほども思わなかった)。
参考文献
*1 二川幸夫 (1997). GA DOCUMENT EXTRA 09 / MORPHOSIS, ADA EDITA Tokyo
*2 Thom Mayne, Jeffrey Kipsnis, Todd Gannon (2001). Source Books in Architecture 1
MORPHOSIS / Diamond Ranch High School, Diamond Bar, California, The Monacelli
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