Magazine(マガジン)

コラム

建築BIMの時代23 空間情報について

2023.08.01

ArchiFuture's Eye                 大成建設 猪里孝司

ArchiFuture Webを運営しているプロプランの深田社長から一冊の本を紹介された。「CAD
から空間情報へ 世界を巡り半世紀」発行:日本経済新聞出版)。著者はインフォマティクス
ファウンダーの長島雅則氏であるインフォマティクスの前身のエイ・アール・シー・ヤマギ
ワが販売していた建築用CADシステム“GDS”を日本で最初に導入したのが私の勤務する会社
だったので、新入社員のころから一ユーザとして長島氏の指導を受けていた。
 
この本では、長島氏が東京大学でコンピュータに出会ったこと、内田研究室で建築を学ぶ中で
CADのことを聞き、「CADのことを知りたい。できれば自分で動かしてみたい」とMITに留学
しニコラス・ネグロポンテのもとで3次元システムの研究を行っていたこと、イギリス・ケン
ブリッジのARC社のCADシステムに出会い衝撃を受け、紆余曲折を得てARC社で働くことにな
りGDSの開発に加わり、帰国後にエイ・アール・シー・ヤマギワを設立し現在に至るまでをさ
まざまなエピソードを交えて面白く語られている。私が知る長島氏はすでにエイ・アール・
シー・ヤマギワの社長であり、いわば完成した人であった。その長島氏の生い立ちを知ること
ができるだけでも価値があったと思っている。中でもGDSで漢字を扱えるようにしたのが長島
氏だったのは驚きだった。新入社員として日々GDSを使い、大変よくできたシステムで流石売
り物は違うなと思っていたし、当たり前のように漢字を使っていた。今思うと、ワープロが専
用機だった時代にCADで漢字を使うのは大変なことだったと思う。その開発者が長島氏だった
ことを知り尊敬の念が増した。
 
この本のもっと重要な点はタイトルの前半「CADから空間情報へ」が示している。長島氏の
MITでの修士論文のテーマは“建築の初期段階における3次元レイアウト”で「3次元の直方体の
スペスを描きそれぞれの関係を考慮して配置するというシステム」を目指したとのことだ。
建築を計画、設計する時に図面や図形などの幾何学的な情報ではなく、空間の機能や役割、制
限や条件などの意味的な情報を重視したものだと推測している。また「ARCのCADシステムは
部品を3次元の直方体で表現し、仕様や価格など様々な属性データを付加することができた」
「後にBIMと呼ばれることになる機能を備えていた」とあり、幾何学的な情報とともに意味的
な情報を考慮していたことが分かる。建築をコンピュータで扱う時、実体としての建築が持つ
さまざまな情報のうち、どの側面の情報を取り出して扱うかを先人たち、現在の人たちも腐心
している。それぞれの時代のコンピュータパワーで扱えるよう実体の建築をモデル化し、2次
元CADや3次元CAD、CGやxR、BIMなどさまざまなコンピュータシステムが登場している。
今のところBIMは空間情報の近くにはいるが、BIMは幾何学的な情報を大事にしているので、
空間情報を扱うには不十分のような気がする建築の維持管理や運用でのBIM活用を考えると、
その点が気になってくる。空間情報とは何かということも含めて、空間情報を扱うことに重点
を置いたコンピュータシステムを考えることが、建築の維持管理や運用でのBIM活用につなが
るのではないかと思っている。

     「CADから空間情報へ 世界を巡り半世紀」
     (長島雅則氏著、日本経済新聞出版刊、2023)

     「CADから空間情報へ 世界を巡り半世紀」
     (長島雅則氏著、日本経済新聞出版刊、2023)

猪里 孝司 氏

大成建設 設計本部 設計企画部長