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コラム

ヲタクは宇宙へ

2023.08.18

パラメトリック・ボイス                                   竹中工務店 / 東京大学 石澤 宰

鉄道が好きな人にとって日本一長い駅名といえば「南阿蘇水の生まれる里白水高原」……
いうのが少し前まではニッチな常識でしたが、2020年に更新されて「等持院・立命館大学衣
笠キャンパス前」さらに2021年に再更新されて「トヨタモビリティ富山Gスクエア五福前」
になりました。昭和40年代の最長は「府中競馬正門前」であったことを考えると随分なこと
です。

さて、このほど本務先である竹中工務店において、宇宙建築タスクフォース(Takenaka
Space Exploration, TSX)という部署への兼務を拝命しました。私はもともと設計本部アド
バンストデザイン部コンピュテーショナルデザイングループという当社で最も覚えにくい部
署名をもつ所属先にいるところ、追加でこちらに所属することでおそらく当社8000人ほど
いる従業員の中でもトップクラスに長い所属名をもつことになりました……という、話の枕
も随分長々しくなってしまいました。

建設業・ゼネコンは宇宙と決して無関係ではなかたもののさまざまな構想を発表してい
た華々しいバブル期と比べると、それ以降数十年というもの、地上の建設ほど目覚ましい発
信はなかった領域でした。

もちろんその間も宇宙利用は様々に進んできました。衛星を利用した通信や観測技術は日々
当たり前に使われる技術となりました。国際宇宙ステーションでの各種プログラムもよく知
られるところです。これらの活動は地球の周回軌道上、地球の周辺にある宇宙空間で起こる
活動です。これに対し、2019年に発表されたNASAのアルテミス計画は、21世紀中に人類
を再び月面に送り込み、最終的には火星への有人探査の道筋を作ることが目的です。

20世紀の宇宙開発は政府による国家レベルの活動が常であったのに対し、現在ではさまざま
な民間企業が参入し、宇宙空間に期待される事柄も多様化しています。これまでは厳しい訓
練を乗り越えた「選ばれた人」だけが到達できる宇宙でしたが、長期的には徐々にそうでな
い人々にも広がってゆくことは確実です。100年前にはごく一部の人のものであった海外旅
行のように、100年後の宇宙旅行は今よりずっと身近に可能性を感じるものになっているか
もしれません。そうなった時に必要になる居住環境、とりわけ「生活の質(Quality of
Life)」を追求しうる空間をいかに作るかという点において建設業は貢献できるはずです。
 

宇宙空間を航行する「乗り物」と、地面に定着する「建築物」が求められることの性質はだ
いぶ異なります。乗り物は最終的には移動性能から物事が決まってゆくため、空間の大きさ
や快適性はトレードオフになりえます。バンやワゴンで長期の車内生活空間をすることは不
可能ではありませんが、身軽にいつでも車外に出られないとなると話はだいぶ異なるでしょ
う。宇宙船どころか宇宙服を脱いで暮らすには、生命維持が可能で、放射線や極端な温度変
動、粉塵などから身を守れる空間が不可欠です。

ダイビングの経験がある方は、酸素供給が十分であったとしても、ひとたび慌ててしまうと
危険な状況に陥ることをご存知かもしれません。それを遥かに超えるストレスや孤立感の緩
和は欠かせません。また、宇宙飛行士の訓練には物理的な環境のほか、対人関係のストレス
を乗り越えるためのものも多くあるそうです。プライバシーも必要で、それを提供できるだ
けの空間的ゆとりも必要となることでしょう。
 
アルテミス計画では最終的には火星に居住空間を構築するため、その前段階として月面に居
住環境を構築することを目指します。地球からそれらの資材を持ち出すと途方もない物量に
なることはもちろん加えて地球の重力圏を抜けるために必要なエネルギー資源が膨大です。
月の重力は小さく大気もないため、移動のエネルギーは大きく節約できます。また、月レゴ
リスと呼ばれる月面の土壌などが資源として利用可能ならば、持ち出される地球の資源を減
らして保全することにもつながります。現時点では目的地である月も、長期的には経由地点
としての性質を持ってゆきます。

以前に比べて多くの人が月面に至ることができるようになるとしても、当初の建設時に作業
員を中心とした建設が望めるわけではありません。数多くのミッションを持った宇宙飛行士
が建設作業を中心的に担うことは現実的ではないし、何より現在では1人の人間が宇宙服を
着て船外活動を行うと1時間あたり数千万円のコストがかかると言われます。1日8時間な
ら一人につき3億円、工事費としては莫大すぎます。さらに大きな材料をトラックのように
ピストン輸送することもできません。送り込める仮設資材や建設機械もほとんどないし、水
を得ることすら困難です。機械は大きさが制限されるうえ、故障してもすぐに直せるとは限
りませんので、複数の小型機による群ロボットなどの発想が必要です。なるべく理想的な地
形を探して「作らずに作る」ことを目指す必要があり、そのためには現地空間のスキャンか
らエンジニアリングまで、多くを月のエッジ側コンピューティングで処理する必要も出てき
ます。そのような条件下で、複数の人を収容できる大空間をどう作るか?このテーマは、究
極のデジタルファブリケーションと考えることができそうです。

私の出身である慶應義塾大学(当時)池田靖史研究室は宇宙建築に長年取り組んでおり、極
地建築家 村上祐資氏の出身でもあります。宇宙での建築を考えることでその工法や発想を
地球上の建築に活用することができるというリバースエンジニアリングは当初からの構想で
した。宇宙を目指すことは、その先端技術を地上に展開することにもつながります。さまざ
まな形で、技術探求が多くの人々の生活に貢献することが何よりの理想です。

私は上記までの知識はほぼここ1年で仕入れたものであり、これから山ほど勉強しないとい
けないのですが、半世紀以上にわたって脈々と受け継がれてきた宇宙エンジニアリングの世
界に入っていくことへのワクワク感は絶大です。「宇宙」という言葉の響きからしてたまら
ないよなあ、と思わせるロマンがある分野は素晴らしいと常々思います。だからこそ多くの
文学やエンタテインメントなどで繰り返し題材として取り上げられてきたのでしょう。

もちろんでんぱ組.incも例外ではありません。「ギラメタスでんぱスターズ」のMVでは新
曲のカセットをバルーンに乗せて打ち上げ、青々とした地球を背景に見ることができま
す(この時の到達点は成層圏であり、厳密には宇宙とは通常呼びませんが、まあまあ)。こ
の頃一連のライブは宇宙への旅をテーマに扱い、シリーズ終盤のライブではUFOで地球に帰
還して「当初はロケットの乗組員風で出て行ったのにあれはどこに行ったのか」というツッ
コミを華麗にかわしながら新章に突入してゆきます。音楽的にも常にチャレンジを続けるで
んぱ組.inc、この時期の曲からあえて一曲選ぶなら「太陽系観察中生命体」でしょうか。
H ZETT M氏による華麗なキーボードのバッキングと、ファンタジックながら胸を打つ前山
田健一氏の歌詞、この時期卒業間近だった夢眠ねむがほんの少しフィーチャーされた少し
切ないMVが秀逸です。

……などと、鉄道から宇宙からアイドルと、コイツは好きなもので固めてきたなと思われそ
うな流れであり、まあ実際その通りなのですが、世界は広い。私が未履修でありこれからな
んとか追いついていかなければならないSFという世界がそこにはあります社内のSF好
きに何を読んだらいいだろうかと気軽に問い合わせてみたところまあ出るわ出るわ……
この夏の課題図書にしておこうと思っています。

石澤 宰 氏

竹中工務店 設計本部 アドバンストデザイン部 コンピュテーショナルデザイングループ長 / 東京大学生産技術研究所 人間・社会系部門 特任准教授