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コラム

ハブラシとハミガキ、トクホに有効数字

2016.02.12

ArchiFuture's Eye                  ノイズ 豊田啓介

世の中には結構な種類とデザインの歯磨き粉が売られている。酵素や顆粒入りだったりフッ素
入りだったり、生薬入りだったり知覚過敏に良かったり、液体にペースト、歯医者さんお勧め
というコピーやいろんなそれらしい化学成分名や組成を売りに、いかにも効果がありそうな商
品群が効能の差別化を図っている。一つ一つをじっくり読んでいると、なんだかフッ素も顆粒
も生薬も酵素も、全部入ってないと歯茎が崩壊するんじゃないかという勢いだ。
 
そもそも僕は歯並びがあまりきれいなほうではないし、臼歯の彫りが深くて汚れの除去が難し
いらしく、子供のころから結構な数の虫歯(もちろん今は治療済み)を患ってきた。そして治
療の度に歯科医に聞かされてきたのは、ブラッシングがとにかく大事、歯磨き粉とか別になく
てもいいからということだった。
 
ではハミガキとハブラシ、実際に効果があるのは一体どっちなんだろう。僕の中でははっきり
していて、歯医者の受け売りではないけれどそれはもう断然ハブラシだ。例えば鉄板の上に
バターの塊がこびり付いているのをきれいにしたいとする。塊になったバターに洗剤をいくら
ドバドバかけたところで大した効果は期待できなくて、普通はまずヘラなりナイフなりで出来
る限り大きなボリュームとしてそぎ落とすはずだ。歯の表面を顕微鏡的に拡大した場合でも原
則は同じで、どんなに歯磨き粉にそうした汚れを分解する作用があったとしても、まずはハブ
ラシで出来る限り三次元的にしごき取らない限りそうした作用に実効的な価値はない。という
か価値が生じうる次元に入っていけない。スケールの、次元のミスマッチだ(もちろん汚れの
除去以外にも、臭いやスッキリ感など、付加的な目的があることは認めるけれど)。
 
やたらと広告で見るトクホとかいうカテゴリーの製品も、僕の中では同じような存在だ。確か
に効果ゼロ「とは言えない」のかもしれないけれど、0.99でも0.0001でもゼロでないなら全
て有効!(黒でないなら全て白!)といったような乱暴な議論にしか聞こえない。そして多く
の場合、その1/10000程度の過剰に拡大された「効果」をあたかも科学的かのように強調する
ことで、別の面で大きなデメリットを背負い込む可能性は見てみぬふりをしつつ(そうなると
全体としてはデメリットのほうが実は大きい可能性がある)、「体にいい(効果がある:その
宣言自体は定義として間違いではない、が実効的には大いに間違いであり得る)」として喧伝
する。そして市場はそれに有り難がって金を払う。
 
高校以上の数学や化学では有効数字という概念がクリティカルになるけれど、思うにハミガキ
やトクホの効果なんて、有効数字としてほとんど切り捨てられるような議論じゃないのか。実
は巨視的には大した効果はないことがわかってるのに、これ見よがしにいかにも効果がありそ
うに都合のいい部分を拡大して見せてるだけじゃないのか。メーカーの方、反論があればぜひ
聞かせてください。
 
建築の世界でも、とりあえずのキャッチコピーと限られた面からの印象がそのまま建築の評価
に直結するようになるにつけ、同様の傾向は強くなっているような気がする。環境、エネル
ギー、コスト、施工効率、いろんな面で微視的な範囲を限定すれば「効果」を探すことは簡単
だ。どんなものでも現実のゆらぎがある限り、何らかのスケールで極大値は存在するんだから。
でもそれは、本当に目的とスケールとの対比において実効性を持つ効果なんだろうか、それを
組み込むことで必然的に生じる別のリスクと本当に吊り合うものなんだろうか。都合のよい微
視的な局面ばかりを拡大、抽出するような、眉唾な議論がまことしやかに、いかにも科学的・
論理的という顔をしてまかり通り過ぎていないか。

もちろん現時点では無駄なように見える可能性に投資し続けることが大事みたいなことも、
以前のコラムで書いた。それでも、結構な名前も立場もある人や企業が臆面もなくそういう
「むっちゃ都合のいい印象操作のためのスケールスワップ」を知ってか知らずか繰り返してい
るのを(そしてそれをメディアや専門家すら有り難がっているのを)見ると、ああまたトクホ
建築・・・と思う。特にエコやら自然やら、いろんなバリューが数字や図表で、視覚的に、一
見科学的な現れ方で「部分的に」扱えるようになってきている今、科学的・論理的に異なるス
ケールや文脈で批判的に統合する視点を持っていないと、つい無意識のうちにそれらしい分析
を、実は異なる文脈の説明に無意味に使ってしまうことになりかねない。現実世界の評価関数
の組み合わせ、有効数字の組み合わせはまだまだ僕らが扱えるよりも圧倒的に複雑で、そう簡
単に科学的な評価なんてできやしないということについては、しっかり謙虚でありたいと思う。

豊田 啓介 氏

noiz パートナー /    gluon パートナー