建築学生のパフォーマンスを引き上げる
2023.12.05
ArchiFuture's Eye 広島工業大学 杉田 宗
今年はChatGPTをはじめとする生成AIの年でしたね。毎週のように新しい技術やサービスがリ
リースされ、AIの進歩のスピードに驚かされない日の方が少ないような毎日です。AIがあんな
こともこんなこともできるのなら、今教えている内容もいつか無意味になるかもしれないと思
いつつ、その中でもまだ人間がやるべきこととして残っていきそうなことに重点を置いて教育
に携わっています。
これまでも私が広工大で進めているデジタルデザイン教育についてご紹介してきましたが、授
業の具体的な内容については2019年の「オープンソースで開発される教育は可能か?」
以降あまり登場することがありませんでした。しかし、コロナ禍のオンライン授業を経て、そ
の内容も変化してきたので、4年ぶりに公開資料(全体概要、各科目の概要、各科目のスケジュー
ル、課題文)をアップデートしました。今回は広工大でのデジタルデザイン教育の現状を紹介し
ながら、今後の建築教育におけるデジタルデザイン教育のあり方について考察したいと思いま
す。
最も大きく変化したのは1年生後期の『コンピュテーショナルデザイン』の進め方です。以前
は授業の中でGrasshopper やRhinocerosの操作を教え、それをもとに学期を通して2,3個の
課題に取り組んでいましたが、現在では毎週事前に映像視聴を通して操作を理解し、授業の中
では小課題に取り組んでいます。オンライン授業の時に「反転授業」へ切り替えたのを対面に
なった後も継続させています。その理由は、タイトルにもある「学生のパフォーマンス」に主
眼を置くようになったからです。演技とか目立つことをする方のパフォーマンスではなく、能
力や成績の方のパフォーマンスです。
従来のCADや3DCADを教える科目は、ツールの使い方を習得することが目的で、私が担当する
科目でもそのゴールに向けて進めていました。ただ、この「習得」というのがかなりあいまい。
「ツールの使い方だけ教えてもね…。」という声が聞こえてきそうですが、まさにそこなんで
す。「ツールが使えるようになる」で留まっていてはだめで、「ツールが使えてあれもできて
これもできる」がデジタルデザイン教育の目指すべき目標だと考えるようになりました。その
ために、毎週の小課題を通して、限られた時間の中で何かを完成させるパフォーマンスを示す
ことを学生に求めるように変えたのです。ちなみにRhinocerosを教える前にGrasshopperを教
える「反転」もこの科目の特徴です。
また、2年生前期の『デジタルファブリケーション実習』でもパフォーマンス重視の課題を増や
しました。ただここは自分のパフォーマンスというよりは、自分が作るもののパフォーマンス
を上げることに重点を置いています。例えば、第2課題である「ステーブルタワー」では、一方
向からの風に対して最も抵抗の少ないタワーの形を考えます。タワーは10cm×10cm×18cmの
サイズに収まり、体積は450cm3という条件を設け、作っている形状がこれらの条件に収まって
いるかをGrasshopperで確認しながら、風洞シミュレーションを用いて風の動きについても確
認します。最終的には3Dプリンタを用いて出力し、2本づつ並べて風を当てるトーナメント戦
を行い、どれだけ勝ち残ったかで成績をつけています。設計課題の出来やテストの点数で自分
の成績が決まる建築学生にとって、自分が作るもののパフォーマンスで成績が左右されるのは
新鮮で、学生が楽しみながら本気モードになる様子を見るのはとても面白いです。
このような広工大の取り組みに興味を持ってもらい、ArchiFuture Webをはじめいろいろなメ
ディアで取り上げて頂くことが増えましたが、私は大学での建築教育としてこのくらいのデジ
タルデザイン教育は必修になるべきだと一貫して考えています。建築の全ての分野で情報化が
必要とされている今、デジタルデザイン教育は特別なものではなく、一般教養のように教えら
れるべきではないでしょうか。今後は導入教育にデジタルデザイン教育が吸収される形が自然
だと考えており、我々のデジタルデザイン教育の内容もすこしづつ導入教育の内容に引っ越し
しています。その気になれば基礎的なことはなんでもYouTubeで学べるし、自分の教師役を
ChatGPTで作れるようになった今、基礎能力を効率よく伸ばす教育をやらないと大学の存在意
義は無くなってしまうでしょう。我々が意識すべき相手は他大学ではなくAIになってしまいま
した。
それでは今後のデジタルデザイン教育はどうなるのか?私はシミュレーションやAIなどのより
高度な内容を教える科目にステップアップしていくと考えています。同時に、より実践的なAI
の使い方や、構造や環境といった専門性の高いシミュレーションと繋がり、幅広い建築教育を
繋げる役割の重要度が増していくと思っています。広工大では次のカリキュラム編成で次世代
のデジタルデザイン教育のモデル化を目指し準備を進めており、また数年後にどのように変化
しているのかをご紹介したいと思います。