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コラム

はじめてBIMが人の役に立った話-能登半島地震

2024.02.13

パラメトリック・ボイス                   熊本大学 大西 康伸

書くか、書くまいか。
 
迷いに迷って、やはり書くことにした。
2024年1月1日16時10分。マグニチュード7.6の巨大地震が石川県能登地方を襲い、元日の
一家団欒を切り裂いた。その日から連日、テレビやネットで被害の様子が報じられているが、
1ヶ月経った今でも被害の全貌は明らかになっていない。
コラム執筆の依頼メールが届いたのは1月23日。現在進行中であるため「この」話題を書くの
はやめようと思って別の話題を考えてみたものの、連日の作業で頭の中は「この」ことでいっ
ぱいであり、自分の心に素直に従うことにした。
 
プレハブによる建設型応急仮設住宅(以下仮設住宅)を対象とした、BIMを活用した自動配
置、自動設計(正確には自動モデリング)に関する研究をかれこれ6年間続けている(過去の
コラム「はじめてBIMが人の役に立ちそうな話」、「続はじめてBIMが人の役に立ちそうな
」)その間各地で豪雨災害や北海道胆振東部地震、奥能登地震が発生したが、幸い建設
規模がさほど大きくなかったため、これまで開発したプログラムを使用することはなかった。
 
1月2日被害の様子が明らかになるにつれとうとうその日がやってきたと直感し様々な心
境が混ざり合った緊張で身震いした1月3日関係者と連絡が取れかくして仮設住宅の配置
計画の作成に協力することとなった。
以来、研究室の学生たちと平日休日昼夜問わず連日作業を続けているが、1ヶ月ほど経過した
今でも新規敷地への配置依頼がやむ気配はない正確に覚えてないし、数えようと思えばBIM
データを現場と共有しているクラウドサイトを見ればわかるのだが、もうかれこれ100を超え
る敷地に配置しただろうか。
 
6年間開発を続け十分に実用的だという自負があったのだが実際使ってみると沢山のバグや
改善点が日々散見され、また、能登特有の条件に由来する自治体の要望に合致させるため、
3日おきにBIMテンプレートと自動配置プログラムを改修し続けている。自分たちで開発した
システムなのでその能力や限界使い方を熟知していることもあり仮設住宅の配置図を二
次元CADで作成した経験はないのだが、何倍も速く作成できているという実感がある。
 
実は、作業の中で困っていることが、一つある。
 
PDFで毎日のように届く現地調査結果。ノンスケールのGoogleマップの航空写真や国土地理
院の地図上に配置可能領域や既設工作物樹木地割れや地盤隆起のメモが殴り書きされて
いる。
デジタル情報のふりをしたアナログ情報その解読と敷地モデリングに約1時間を要する。不
明瞭な資料からの読み取りを一歩間違えると、通常2時間程度で完了する配置作業が全て振り
出しに戻る。すぐにでも配置作業に取りかかりたいのに、準備のためのこの1時間が長く感じ
られ、配置作業が振り出しに戻った時には皆げんなりする。
少しでも速く、そして少しでも早く、なのに。
 
現調結果がなかなか送られてこない日、配置作業空白の日もある。
いったい、敷地一つ当たりどのくらいの調査時間を要しているのだろうか。敷地内外を目視で
確認する、写真を撮る、大まかに巻き尺で測る、結果をメモする。調査そのものだけでなく、
調査結果のシートへのとりまとめに時間を要していることは想像に容易い。もちろん、敷地の
選定に時間を要したり、道路の状況や天候により現場への到着に時間を要するという事情もあ
るのだろうが。
 
従来の手動による配置作業であれば、相対的に、現調に要する作業手間や時間は気にならな
かったかもしれない。しかし、配置作業が短縮された分、上流フェーズの非効率さを感じるよ
うになった。これをボトルネックと呼ぶのだろう。
だが、過去のコラム「BIMは現実とかけ離れた存在か」で示したとおり、その解決の糸口は見
えている。幸い、1月26日に能登半島地域に指定されていたドローンの飛行規制が一部を除き
解除された。被災地が少し落ち着いたら、ドローンを活用した敷地情報のデジタル化を試行し
たいと考えている。
 
これまで配置作業が短縮されれば仮設住宅の提供が早まると盲目的に信じてきたし、それを
多くの場で口外してきた。しかし、どうやら現実はそんな簡単な話ではないらしい。開発した
プログラムを実際に使ってみて、変化を波及させることの重要性について改めて認識させられ
た。
だが、どんな大きな変化も小さな変化から始まり、それが全体に波及していくことを我々は
知っている。この試みが、仮設住宅を迅速に提供するための変化の始まりになればと、心から
願っている。
 
そしてK先生の思いは、8年の時を経てあの日の傍観者に引き継がれた。

大西 康伸 氏

熊本大学 大学院先端科学研究部 教授