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コラム

BIMを介した異文化コミュニケーション雑感

2024.06.13

パラメトリック・ボイス           NTTファシリティーズ 松岡辰郎

最近BIMモデルを介した建物情報の共有について考える機会が増えてきた。複数の分野や工程
間での建物情報のBIMモデルによる継承は、これまで様々な事例を通して検証されている。設
計から施工、竣工から維持管理といった隣り合う2つの工程間でも建物の見方や必要とする情
報項目は異なることから、建物情報は継承できるものとできないものに分かれることとなる。
工程間の建物情報継承をBIMモデルによって行う場合、建物情報を引き継ぐ側は当然ながら必
要な情報をできるだけ多く望む形で受け取りたいと思い、建物情報を受け渡す側は極力自身の
業務情報のみでBIMモデルを作成したいと思う。このようなギャップを解消する手段のひとつ
として、BIMモデルに搭載すべき建物情報を明文化したEIR(Employer Information Requirements)の重要性が認知されつつある。
 
発注者や維持管理者がEIRを指定することで、どのような情報項目をBIMモデルに入力すれば
よいかが明確となる。一方、何故その情報項目をBIMモデルに搭載しなければならないのか、
という理由が建物情報を渡す側に理解されているかというと必ずしもそうではないという印
象を受ける。竣工BIMに点検・修繕やクレーム対応といった維持管理で利用される建物情報が
求められる場合、情報項目は部位・機器の性能諸元に関するものが主となる。維持管理であれ
ば建築生産に直接関係がなくても、要求情報項目は何のための情報でなぜそれが必要なのかは
受け渡し側にも想像はできるしかしファシリティマネジメント(FM)としてもう少し広い範
囲の情報項目が要求された場合、その建物情報項目が要求される背景や理由が十分に理解され
なければ、適正な建物情報の継承は容易ではない(例えば土地や建物面積の端数処理は目的に
よってそれぞれ異なるため、元情報を引き継ぐのか複数の端数処理をしたデータを受け取りた
いのかを伝える必要がある、等々)。
要求情報項目に関する知識のギャップを埋める方法としては、新築プロジェクトの段階から
BIMチームに建物オーナーやファシリティマネジャー等の発注者が参画するといったものや、
建築生産とFMの両方の業務知識を持つBIMコーディネーターがEIRやBEPの策定に関わると
いったことが挙げられる勿論設計・施工・維持管理に関わる関係者が相互の工程や業務につ
いて深く知識を共有することが理想ではあるが、それでも分野横断的なBIMについては、異文
化とも言える各分野・領域を無理やり統合するよりは、差異の存在を認めた上で建物オーナー
やユーザーが求める建物情報を上手にまとめてコミュニケーションをとることが重要なのだと
思う。
 
BIMモデルを介した建物情報の継承事例の多くは、新築建物の竣工時に一度だけ維持管理に建
物情報を渡し、維持管理段階におけるBIMモデルの変化は考慮されていないように見える。一
方、長期間にわたる建物ライフサイクルマネジメントへのBIM導入では、建物の変更に合わせ
て変化し続けるBIMモデルを継続的に利用することが求められる。建物の種類や使い方にもよ
ると思うが、現在筆者が主として関わっている大量の情報通信施設の建物ライフサイクルマネ
ジメントでは、建物の点検・診断に基づくFCI(Facility Condition Index :残存不具合率)管理
と建物オーナーの経営方針や事業戦略に基づいて策定される建物整備計画により、既存建物に
対する模様替え・改修・大規模修繕工事を行う(建物整備計画に伴う新築も発生する)。工事
完了時は既存建物の状態は変更されていることから、基盤となる建物情報も建物情報帯にあわ
せて更新され、それ以降の維持管理や建物運営で利用されることとなる。
複数の工程間で継続的に利用される建物情報とその流通手段としてのBIMモデルは、常に最新
の状態で複数工程での共有を求められる。このような建物ライフサイクルマネジメントで長期
間利用する建物情報の一つを「現況BIM」と位置付け、整備と運用を行うこととした。現況
BIMは企画検討・設計・竣工処理・維持管理の継続的なサイクルで利用されることから、設計
BIMや竣工BIMとも異なる建物ライフサイクルマネジメントのためのBIMとして整備する必要
があることがわかってきた。現況BIMは建物の現状把握のためのデジタルツインであり、設計
BIM作成の元データとなり、建物運営・維持管理に建物情報を提供するための情報ソースとな
る。設計監理と運営・維持管理で建物情報を共有するための現況BIMは、単に関係業務のデー
タを統合し共有するものではなく、建物ライフサイクルマネジメントのハブとなり業務の引き
継ぎや課題を共有するコミュニケーションの場であることも求められる。現況BIMが適正に機
能するためには、単に共通BIMモデルのLODやLOIを決めるだけではなく、BIMを分野横断的
に運用する体制やルールも併せて整備しなければならない。
 
ごく稀に建てることや存在すること自体を目的とする建物もあるだろうが、ほとんどの建物は
事業や居住のための手段だろう。建物オーナーやユーザーは事業の適正な遂行やビジネスの拡
大、自身のライフスタイルに合致した道具として建物を建て保有しまたは借りて使用する。当
然ながら建物オーナーやユーザーは道具としての建物が自身の目的達成に見合うものか注視す
このような背景からか最近建物オーナーやユーザー、設計者、ファシリティマネジャー、
建物情報・データ管理者……といった異なる立場や視点を持つ関係者でBIMをはじめとする建
物情報を介したコミュニケーション環境の提供を求められる機会が増えてきたように感じる。
情報通信施設やデータセンターであれば新たな機器・装置の設置を検討する際、事業側が必要
となるラック数が設置可能なスペースを探す。建物サービス側は紹介された条件で、現行環境
が消費電力や発熱量を許容できるかを検討し、増設が必要であればその回答・提案を行い、指
示があれば工事実施に進む、というやり取りが発生する。大規模マルチテナントのオフィスで
あれば、テナント工事申請へのスケジュール確認や搬出入経路の確保、他テナントのイベント
との調整、影響範囲やセキュリティエリアの設定を検討し実施可否を判断し、必要があれば改
善を提案する。物流施設の場合、まとまった荷物を置くためのスペース調整や積み上げ高さの
確認による場所とスケジュールを確保する。このように事業による建物利用とそのための建物
への手入れの要否判断を行う際、建物の状況をリアルタイムに把握し、必要に応じて場所の確
保から工事の要否や提案といった利害関係者間の異文化コミュニケーションとも言える場に
BIMモデルを利用するメリットは大きいと思う。
 
これまでBIMは建築領域の中のみで認知されているという感があった。建物オーナーやユー
ザーが建物を資産や経営資源、事業ツールとして認知するようになれば、基盤としての建物情
報を積極的に利用したいと思うだろう。建物情報を共有する手段としてBIMは有効な選択肢の
一つであると思う。建築領域の工程を横断する「引き継ぐBIM」からより広い範囲で建物に関
する異文化コミュニケーションが可能となる「共有するBIM」へ移行を考える時期が来たのか
もしれない。

松岡 辰郎 氏

NTTファシリティーズ NTT本部 サービス推進部 エンジニアリング部門  設計情報管理センター