建築のデジタル環境に関するアメリカ西海岸
の動向(1)
2016.03.15
ArchiFuture's Eye ノイズ 豊田啓介
最近このコラムで漠然とした、感覚的かつ個人的なことばかり書き連ねてしまったので、もう
少し具体的な話をご提供しなければいけないと反省をしました。今回から数回(おそらく3回
くらい)、アメリカにおけるデジタル環境をとりまく動向を、主に建築周辺で、断片的に、僕
がわかる範囲かつ個人的な経験ベースでレポートしてみたいと思います。
今回はシアトル・ポートランド、次回はサンフランシスコ・ベイエリアとまずは西海岸から、
その次にニューヨークを中心とした東海岸の概要をお伝えします(それ以外は動きがないとい
うわけではなく、僕が個人的に知らないので書きようがないというだけです)。というわけで、
まずは北西部、シアトルとポートランドから。
シアトル:
2月の第2週、シアトルとポートランド、サンフランシスコに出張に行ってきた。現在ノイズ
ではサンフランシスコ・ベイエリアのAthertonという町に個人住宅を設計中で、1-2か月に一
度ベイエリアに出張に行く状況がかれこれ1年以上続いている。今回はシアトルにあるワシン
トン大学の建築学部でレクチャーシリーズの一環として声をかけてもらったこともあり、ベイ
エリア出張をシアトル経由とし、まだ行っていなかったポートランドにも足を延ばしてみた。
アメリカ西海岸というとテック・インダストリーが隆盛なエリアという印象がある。マイクロ
ソフトを筆頭にアマゾンやアドビ、ボーイング、ノイズでも非常にお世話になっている
McNeelも擁するシアトルはもちろん、サンフランシスコ・ベイエリアに目を移せば、Google
やFacebook、Apple、Uber、Airbnb、Teslaなど、ここに本拠を置く今をときめくテック系
企業の名前は全く枚挙に暇がない。やはりベンチャーを支援する、受け入れる社会環境やメン
タリティがすでに土壌としてあることは間違いなく、それにはヒッピー文化にもルーツを持つ
高い環境意識と多様な人種(東海岸が結局白人至上主義社会であることは否定のしようがない
のに対して、東海岸はアジア系やヒスパニックの比率もより高く、より対等に混在している傾
向は強い)など、特殊な条件がいくつかある。全体として何かこう、暗黙のうちに押し付けら
れる絶対正義がないというか、失敗へのプレッシャーが少ない雰囲気はどこか西海岸に共通し
ているような気がする。
ワシントン大学(UW:University of Washington、ワシントン州立大とは異なる)は、シア
トル市内に広大なキャンパスを持つ全米でも屈指の総合大学だ。建築学部(アメリカでは建築
学は単独で学部を構成することが多く、主に意匠や歴史、計画、都市や表象理論などを扱う。
構造や環境、設備などは工学部:エンジニアリングの範疇で、両者が建築学科として統合され
ている日本の教育システムとは異なる)の評価も全米でもトップクラスで、キャンパスの美し
さにも定評があるが、建築学部の実際の活動はというと、デジタル技術の実践的導入という点
からすると意外に保守的だ。全米で同レベルの大学との比較でもかなりデジタル研究・教育環
境の導入には遅れていると言ってよく、最近ようやく小さなデジタルファブリケーションラボ
を立ち上げ、ハーバード大GSDのデジタルファブリケーション施設の元技術者を引き抜いてカ
リキュラムとの連携を図っているが、せっかく採用したラボマスターになぜか大学の授業を持
たせられない、そうしたスタジオを教えられる講師をあまり採用しないなど、折角の環境を活
かせないちぐはぐな状況が続いているようだ。
日本から見れば垂涎ものの企業群に囲まれている大学だけに、さぞ建築学部でも面白い産学コ
ラボレーションが起こっているのだろうとの期待に反して、かなり政治が固い大学のようで、
建築学部の教授や講師が単独でそうしたスポンサーを獲得して共同研究などの動きをすること
はあまりサポートされていないらしい。結局トップダウンの政治的な活動に限定され、折角の
知識や意欲を持つ講師や学生が飼い殺しになる状況は日本の大学にも近いかもしれない。ただ、
アメリカの大学では学部単位で戦略的な組織や予算が扱えるので、一旦ビジョンとリーダー
シップのある学部長がポストに就けば動きは速い。内部からの変化そのものが組織構造上ほと
んど不可能な日本の大学はその点一層のハンディを持っていると言える(それでも保守的な大
学の中で、研究室単位で圧倒的な予算を獲得して国際的な活動を展開しているETH Zurichの
D-FabやCAADのような事例もあるからあきらめてはいけない)。
レクチャー後も新しいデジタル環境を掘り下げたいという若手の講師や学生といろいろと話を
したが、全般にそうした面への大学のサポートがないことへの不満は少なからず顕在化してい
るようだった。大学はおしなべてそうした環境には恵まれているカリフォルニアとの差を大き
く感じた瞬間だ。かなりの数の学生から、ノイズのやっているような実践的なデジタル環境の
応用がやりたくてUWに来たのに全然そうした機会がない、転学するならどこがいいか教えて
ほしいという質問を教授の眼前で受けて回答に困る状況もあった。アメリカと一口に言っても
かなりの温度差、時差はある。
初めてのシアトルなので、ノイズとしてもいつもお世話になっているRhinoceros/
Grasshopperを開発しているMcNeelの本社も訪ねてきた。開発者のBob McNeelは日本に来
るたびにノイズにも立ち寄ってくれていてこれまでも色々とエクスチェンジをさせてもらっ
ているのだが、今回は日本のRhino販売代理店であるApplicraftの中島さんに無理をお願いし
て、本社の開発環境をみせてもらうことにした。McNeel本社があるのはダウンタウンの北、
レイク・ユニオンを渡ったFremontという、もともと小規模な工場や作業所が並んでいた所に
MicrosoftやAmazon社員のニーズに押された住宅開発の波が来て、少しずつおしゃれな店など
も出始めているエリアだ。本社は平屋建ての、意外にもRCシェル構造のミッドセンチュリーな
建物で、決して一級品ではないもののHPシェルと柱が並び、一見するとレイトモダンの教会か
学校建築かと思わせる佇まいをしている。しかも予想に反して小さな建物の、さらにその半分
しかMcNeelのオフィスではないらしく、残り半分は建築事務所とシェアしているという
(しかもその事務所はArchiCadを使ってるんだよねとBobが笑いながら話してくれた)。訪ね
た日はちょうど建築事務所の一部が退去するとのことで、その一角を何に使おうかとBobがう
ろうろ歩き回っていた。McNeel社は驚くほど少人数で、メインスペースに机を並べているのは
金髪、小太りのザ・アメリカなおばちゃんばかり。いわゆるバリバリのテック系企業のオフィ
スのイメージからはかなり異なる、とてもアットホームな雰囲気に満ちていた。実際にカップ
ル社員も多いらしくて、それも同僚同士が結婚したというよりも、社員の奥さんやお母さんに
経理などを手伝ってもらう機会を重ねるうちに、自然にそうなってしまったのだそうだ。一方
プログラマチームは設立当初からアメリカ中、世界中に分散していて、それぞれ個人や小さな
グループで開発を行い、必要なときだけビデオカンファレンスなどで集まるというスタイルだ
という。原則として個人でも開発が可能なソフトウェア企業ならではの体制だが、それでも個
人への信頼とオープン性への意識の高さは言葉の節々に強く感じられた。ちなみにヨーロッパ
の拠点はAutocadのプラグインとしての開発初期以来ずっとバルセロナにあるそうだ。
Grasshopperを開発したDavid Ruttenは現在ウィーンを拠点に、半分個人でGH関連の開発、
半分はFoster&Partnersのジオメトリエンジニアとして働いている。多様な働き方の個人が普
通に認められている環境がいい。ちなみにヨーロッパでGrasshopperのニーズが高いのはドイ
ツとイタリアだそう。
McNeel本社では、BobがGrasshopperやRhinoの開発チーム4-5人を集めて、3時間ほど最新
の動向や今後の開発の方向性、技術環境やユーザー視点でのフィードバックなどをフリーに議
論させてもらった。特に最近GrasshopperのMac版が正式リリースされるなど、これまでWin
版ベースでもろもろ蓄積をしてきた立場ならどうしても気になるMac版の開発環境や今後の方
針に関する具体的な議論、特にMac版Grasshopperの開発者Danとのエクスチェンジは非常に
参考になった(原則は、Mac版はWin版と完全に同じにするつもりはなく、それぞれのユーザー
の感覚やニーズを活かした形で進めていくことのこと。かつ新旧データの互換性はほぼ確保で
きる見通しとのこと)。こちらからはノイズの、建築にとどまらない周辺産業への応用可能性
や実践の事例やニーズ、アジア全般でのユーザー環境や応用的な利用状況に関する報告に加え、
様々な開発に対するリソースのオープン化に関する質問などを行い、McNeel側からも多くの
具体的な情報提供を受けることができた。McNeelはとにかく巨大企業による囲い込み圧力から、
オープン性や自由なユーザー環境を高い意識で守っている企業で、話の中からもプログラマた
ちがそうした環境に非常に意識的で誇りをもっていること、同時にそこにこそ長い目で見た実
利的な価値を見ていることが改めて感じられた。さまざまな企業からの協力依頼も最近特に多
いようだが、そのあたりは守秘義務にかかわることなのでここでは書かない。
シアトルはスターバックスはもちろん、トリプルV(Victola、Vita、Vivace)と言われる伝説
のカフェを持つサードウェーブカルチャーも牽引する街だけに、グランジーでヒューマンス
ケールな街並みとカフェやレストラン、その他ヒューマンスケールな店の混在具合、現代と歴
史との混ざり方においてとても良いバランスを保っている。ダウンタウンもいかにも国際都市
で活気があるし、何より街が大きすぎないスケール感が自然との共存を感じさせてくれていい。
ダウンタウンにあるOMAのシアトル公立図書館は何をおいても必見で、あらゆるシーンに工夫
と創造性があふれている。OMAの建物にも当然当たりはずれがあるが、シアトル図書館はこれ
まで見た中でも圧倒的に興奮させられた。シカゴのイリノイ工科大学の学生棟もOMAの中では
好きな建物だが、いずれも一見おさまりがめちゃくちゃでディテールを考慮していないように
(意図的に)見せながらも、独特の法律や規制をうまく逆に利用しつつ、それをユニークな表
現や構成に昇華させている知的なゲームがいたるところに見られる(そしてその知的なゲーム
を誘発するコンテクストを自ら作り出している)。
ポートランド:
ポートランドは特にテック系企業というよりも、NikeやWeiden&Kennedyなど、独特な大企
業が設立以来の本拠にしていることで、またヒューマンスケールでサスティナブルなライフス
タイル都市ということで、全米でも独特の立ち位置を維持している都市だ。既に日本でもいろ
いろなところで話題にもなっているし、実際現地を歩いていても、ツアーの形で注目のエリア
を視察している日本人グループを何度も見かけた。個の価値観と選択が尊重され、そこに市場
価値が維持できるという非常に恵まれた環境であることは間違いないものの、ここにもジェン
トリフィケーションの波は来ていておしゃれエリア周辺では不釣り合いに不動産価格が高騰し、
味も素っ気もない普通のコンドミニアムが林立し始める状況も起きている。ニューヨークとい
う巨大都市のバランスの中でブルックリンの一部が享受し得ている、適度な古さゆえに先端的
かつ実験的な個人が集まれるクリエイティブな街という立ち位置が、そこだけ切り取られて独
立したような、不思議かつ特殊な街という印象だ。
割合として巨大産業を多く持つわけでもないポートランドが独立した個の質とスタイルを高く
保ち得るのには、McNeelのような個人と創造性への理解が高い企業が一定数存在し、フリー
のプロフェッショナルをサポートできるエコシステムの存在という前提がある。そうした拘束
のゆるい企業が一定数あることで、個としてのプロフェッショナルが拠点の選択にあたって食
やスタイル、生活の質を優先でき、その場所的プラットフォームとしてポートランドのような
独立都市が、ブルックリンのいいとこ取りのような状態で成立し得る(もちろんポートランド
にも治安の悪いエリアはあるし、皆が外から見るほどハッピーなわけではない)。やはりポー
トランド単独で成立する話ではなく、西海岸全体のシステムがある中で成り立つ特殊解なのだ
ろう。
ポートランドを一躍日本で有名にした「グリーンネイバーフッド」の著者である吹田さんにご
紹介いただいて、Weiden&Kennedyの独特な本社ビルも訪問させてもらった。有名なパール・
ディストリクトにある19世紀の木骨の巨大な倉庫ビルを大胆に改造し(改装はAllied Works)、
中央に天窓に覆われた巨大な吹き抜けを、それを取り巻くようにオープンで自由なスタイルの
オフィスを並べた、これぞといわんばかりのザ・クリエイティブオフィスだ。そこここにロフ
トっぽかったりガラスの箱だったりキッチン風だったりギャラリー風だったりと独特な
ミーティングスペースやオープンスペースが並び、共に育ってきたNikeの寄贈による現代的な
3on3コートが中央のピッチスペースから見下ろせる。二つの大きな階段に挟まれたピッチス
ペースでは今でも月に一度、創業者も集まっての大ピッチ大会が開かれてにぎやかだそうだ。
僕が訪ねた日は広告代理店としてもスーパーイベントのスパーボウルの翌日で、全社を挙げて
放心(二日酔い?)気味だったけれど、それでもオープンで個人の能力を信頼するオフィスの
雰囲気ってこういうものというのがくやしいくらい如実に体現されていた。でも実際アメリカ
で実務をしていた立場として、オープンであること、個人の裁量や能力を信頼することは同時
にものすごくシビアな評価や力学の世界であることも一応指摘はしておきたい。
ポートランドもシアトルに劣らず有名なカフェが多いことで知られている。またクラフトビー
ルの聖地でもあり、コーヒーにもクラフトビールにも目がない僕としては、建築めぐり、街並
みめぐりとあわせてビールとコーヒーを過剰摂取する胃に厳しい滞在になってしまった(リサー
チです)。古い建物を活かした改装カフェやレストランも多いのだが、シアトルに比べて(特
にクラフトビールの店は)プラスチックなロゴやグラフィックであふれた、今どきの野球場に
ありそうな商業的なつくりの店が意外に多い。あんなにスケール感や質感に敏感そうに見える
街なのに、今どきのMLBチームのロゴみたいなグラフィックや看板、内装への傾向は何なのだ
ろう。正直、ポートランドの古い建物の改装物件の質は(建築的に見て)、サンフランシスコ
やニューヨークの上手い事例比べるとかなり見劣りする印象を受けた。
ちなみにポートランドはその名のとおりウィラメット川に面した港湾都市で(実は名前の由来
に港湾であることは全く関係ないのだが)、現在も古い港湾施設や工場、橋梁が川沿いに散在
し、現役の都市遺産として機能している。第二次大戦中はリバティシップという、現在のボー
イングでの旅客機の工法につながるような、巨大な輪切りユニットをつなぐプレハブ工法の造
船で栄えたことで知られ、BIM開発の中心でもあったシアトルのボーイングとあわせ、先端的
な建築技術に将来つながることになる多様な技術に先鞭をつけた土地でもある。