日本のBIMは「大ピンチ」か!?
2024.07.16
パラメトリック・ボイス
Unique Works 関戸博高
経営者は事業の進捗をチェックする時、まず直感的に視点の位置どりを考える。例えばどのく
らいの遠さや角度から見れば、最もその事業の問題点が理解しやすいか、またはその事業の期
待到達点からは、その事業が今どのようになっていないといけないかというように。
今回のタイトルにある「日本のBIMは『大ピンチ』か!?」の「大ピンチ」感は、ある金融機関
からの依頼で、一般人向けの冊子に「B I Mとは何か?」を書きながら気付いたことが始まり
だった。その原稿を書くために、この数年の日本のB I M事情を時間をかけて調べた。そこで
感じたことが「日本のB I Mは前に進んでいないのではないのか?これって『大ピンチ』じゃ
ない⁉︎」だ。実際B I Mに絡んだ多くのアプリやサービスが四六時中発表されている。しかし、
B I Mのデータ連携の観点からすると、前に進んでいる様には思えなかった。データ連携は産
官学により国レベルで取り組まなければならないことだが、この大ピンチの状態は一体何故生
じたのだろうか。
ところでこの「大ピンチ」という言葉は、現在大ベストセラー中の絵本『大ピンチずか
ん』(鈴木のりたけ著)から借りてきた言葉である。本の内容は日常よくみる子供の失敗(大
ピンチ)の場面だが、その失敗の様子がとても面白い。『大ピンチずかん』はその狙いを以下
のように説明している。
「くらしのなかには たくさんの大ピンチがある。ひとはみんな大ピンチになると あわてて
しまう。このずかんには 大ピンチが たくさんつまっている。このずかんをよんでおけば
もしきみが 大ピンチになっても あわてないですむだろう。」つまり失敗も原因を分析して
整理しておけば、予知が出来るようになり大丈夫だと教えてくれている。これは大人の世界で
も同じだ。
それにぴったりの大人のための「大ピンチ本」がある。
失敗学・危険学の研究者の畑村洋太郎先生の『失敗学のすすめ』等、多くの著作がまさに大人
のための「大ピンチ本」である。私もこれらの著作から多くのことを学ばせてもらった。それ
は特に建設会社で経営に携わっていた頃で、現場の事故だけでなく、お客様とのトラブルにお
いても真正面から向き合い、原因を明確にして本質的なところで対処するということであった。
そのトラブルの経過を本にまとめて、社員教育のテキストにもした。
また、東日本大震災の前年、お客様向けのリスクマネジメントのセミナーで、畑村先生に来て
もらい『失敗学から危険学へ』という内容で講演をしてもらったことがある。先生の思想は企
業のためだけでなく、お客様とも共有すべきで人間社会全体に及ぶと思ったからだ。その考え
方の核心は、「危険学」の説明で次のように表現されている。ここで「危険」を「大ピンチの
B I Mの課題」と置き換えて読んでもらえれば、大ピンチへの対処の仕方が把握できることに
つながると思う。
(1)危険(B I Mの課題)の所在、危険の種類、危険の特性、危険回避の方策を考えるのが
危険学
(2)危険の要素を抽出し、それを構造化して危険地図を作る。
(3)危険地図の中にある普遍性や法則性を見つけると、未発現の危険を見抜くこと(予知
することー筆者注)ができる。
(4)危険地図は人間の知恵の集積である。
(注:今回のコラムの主題とは異なるが、危険学を追求することで予知に至る可能性について
のこの講演の資料が手元に残っている。その中に2007年の新潟県中越沖地震による東京電力
柏崎刈羽原発の被害調査から、「危ないと思ったものは壊れていない。重要と考えなかったと
ころが壊れたため、全体として機能不全に陥っている。」という指摘があり、それは2011年の
全電源喪失の福島原発の事故をも予知していると私には思える。)
さて、話題を「日本のB I Mは前に進んでいないのではないか?」の「大ピンチ」に戻すこと
にする。もちろん進んでいるかいないかは基準があって言えることなので、B I Mデータの連
携をする上での課題がどのようなものであるかを見てみたい(課題の所在確認)。
① B I Mのデータ連携が産官学の組織の壁をこえて、オープンに行われることが一般的になっ
ているか?:No
② データ連携の基盤である建築情報データベースが、一定のルールを元に構築され、また
オープン情報として存在しているか? : No
③ Uniclassのような建築分類コードが、通常の仕事で利用でき、B I Mデータの連携にも使わ
れるようになっているか?: No
④ B I Mの全体像を学ぼうとした時に、そのトレーニングをサポートしたり、テキストを発刊
したりする組織が全国的に設けられているか?: No
⑤ 産官学において、B I Mについての研究や建設プロジェクトにおける、不明点を共同で解決
していく社会的な枠組みが存在しているか?: No
以上、残念ながらいずれもNoであり、データ連携の観点からは日本のBIMは「大ピンチ」と言
わざるを得ない。
では何故このI C T時代に本質的に必要なことが進まないのだろうか?
私自身も残念ながらこの課題への解決策はまだ用意できていない。推進役として期待したい国
交省の「B I M推進会議」も現状を見る限りではB I Mデータの連携については、メインテーマ
にはなっていない。つまり、データ連携について総合的に推進する組織が存在しないというの
が現実である。
そんな折、その中核となる推進組織について、B I Mの実務者の集まりで、以下の示唆的なプレ
ゼンテーションを受けることができた(聞き取りきれないところもあったので、若干の不正確
さはご容赦願いたい)。
それは、上記⑤の「不明点を共同で解決していく社会的な枠組み」に焦点をあてた、京都大学
大学院准教授の西野佐弥香先生からの『産官学連携B I M教育-台湾視察を踏まえて』という報
告である。それによれば、台湾では産官学連携の中間的組織よるB I M教育や、大学内に設け
られたB I Mセンターによる実務者向けのトレーニング等があり、そのセンターの役割は「人・
組織・情報(技術・知識)のプラットフォーム」であるとのこと。また産官学連携の中間的組
織の機能は連携の場の提供、継続的な情報共有や関係性の維持、中間的組織同士のさらなる連
携・協力等などであるとのこと。私にはこのふたつの組織が、台湾はもちろん、日本において
もデータ連携の牽引車の両輪になり得るし、同時に具現化に向けて継続的に指向する価値があ
ると思った。