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コラム

最新技術で災害リスクを見える化:一般市民の理解を深めるMRシステム

2024.07.30

パラメトリック・ボイス                大阪大学 福田 知弘

災害リスク認識のためのMRの課題
この研究は、災害が発生しても「自分は大丈夫」と思い込み、結果的に逃げ遅れてしまう人を
少しでも減らしたいという思いから始まったプロジェクトです。過去の経験から学び、今後の
災害対策に役立てることを目指しています。
気候変動により、都市部での豪雨災害が世界的な問題となっています。局地的な大雨や集中豪
雨、河川の氾濫などで起こる浸水被害を予測するために、数値シミュレーションが行われてい
ます。これらのシミュレーション結果は一般的にハザードマップとして表示されますが、地図
上で直感的に理解するのが難しく、住民が自分のリスクを把握しにくい場合があります。
そこで、VR(仮想現実)やMR(複合現実)などのXR(エクステンデッドリアリティ)技術
を使って、浸水シミュレーションの結果を直感的に理解できるようにする研究が進められてい
ます。現実の都市をコンピュータ上に再現したデジタルツインで浸水状況をシミュレートし、
XRを使って仮想的に浸水を体験することで、専門家でなくても浸水リスクを理解しやすくな
ります。特に、MRを使って現実の風景に仮想の浸水状況を重ね合わせることで、実際の環境
に即した体験が可能となり、リスクの理解が深まるとされています。
しかし、MRをリアルタイムで表示するには高い計算性能が求められます。スマートフォンや
タブレットなどのモバイル端末を使って都市環境でMR表示をする場合、これらの端末はGPU
やバッテリーの性能が十分でないため、表示できる範囲を狭めたり、情報量を減らすなどの工
夫が必要です。そのため、都市の広い範囲でMR表示を行うことが難しい現状です。

サーバレンダリング型MRを開発
本研究では、MR表示に必要な計算処理の一部をインターネット経由でサーバに任せるシステ
ムを提案し、開発しました。
図1は、このシステムのワークフローを示しています。まず、事前に浸水シミュレーションを
行い、予測される浸水深を計算します。この計算結果を地理情報と結びつけ、浸水の深さを高
さ情報として3次元モデルで再現します。この浸水モデルを、建物などの3次元形状を含む都
市デジタルツインモデルと合成します。図2に、都市デジタルツインモデルと浸水モデルを合
成した3次元モデルを示します。

 図1 提案したシステムの全体概要。最上段の「事前準備」は、事前に行う準備手順を示してお
    り、下段の「MR表示」は、MR表示を実行する際の流れを示しています。

 図1 提案したシステムの全体概要。最上段の「事前準備」は、事前に行う準備手順を示してお
    り、下段の「MR表示」は、MR表示を実行する際の流れを示しています。


 図2 浸水都市モデルの例。このモデルは南北2 km、東西2.5 kmの範囲の浸水を再現していま
    す。浸水の高さだけでなく、色の変化で浸水の流速も示しています。

 図2 浸水都市モデルの例。このモデルは南北2 km、東西2.5 kmの範囲の浸水を再現していま
    す。浸水の高さだけでなく、色の変化で浸水の流速も示しています。


作成した浸水モデルをMRで現実空間に重ね合わせて表示します。MR表示を開始する際、ユー
ザ端末からWebブラウザを使ってMRシステムのURLにアクセスします。MRシステムには、
ユーザを割り振る分配サーバが1台と3次元モデルをレンダリングするレンダリングサーバが
複数台あります。アクセスしたユーザ端末は、各レンダリングサーバの負荷状況に応じて分配
サーバによって最適なレンダリングサーバに割り振られます。この分配サーバの導入により、
レンダリング負荷を分散させることで、多くのユーザが同時にMR体験に参加できるようにな
ります。
ユーザ端末がレンダリングサーバに割り振られた後は、レンダリングサーバとユーザ端末間で
直接インターネット通信を行います。このシステムでは、モバイル端末で位置と姿勢を推定
し、その情報をレンダリングサーバに送信します。レンダリングサーバでは、仮想カメラに反
映して浸水モデルをレンダリングします。このとき、建物など浸水面以外の部分はモバイル端
末内で透過処理され、現実の風景と合成されます。この一連の処理を繰り返すことで、浸水予
測のMR表示が可能になります。
図3には、このシステムを利用してMR表示した際の結果映像の一例を示します。都市モデルを
利用し、浸水面を適切に隠すことでオクルージョン問題を解決し、現実の風景と自然に合成す
ることが可能になっています。また、レンダリングにサーバを利用することで、広範囲の浸水
予測をリアルタイムにMR表示することが可能になりました。

 図3 提案方法によるMR映像の例。予想される浸水面を現実空間に重ね合わせ、スマートフォ
    ンで表示しています。地点(a)では浸水面の下から、地点(b)と(c)では歩道橋の上から浸
    水面を見ています。

 図3 提案方法によるMR映像の例。予想される浸水面を現実空間に重ね合わせ、スマートフォ
    ンで表示しています。地点(a)では浸水面の下から、地点(b)と(c)では歩道橋の上から浸
    水面を見ています。


MRシステムによる災害リスク理解の未来
気候変動により激しさを増す災害に対して、都市全体の防災力を高めるためには、専門家だけ
でなく一般市民も自分に関係する災害リスクを正しく理解することが重要です。そこで、MR
を使った災害リスクの可視化が注目されています。
本研究で提案・開発したMRシステムは、大規模で情報量の多い3Dモデルを用いて、多くの
ユーザーが低遅延で体験できるものです。これにより、多くの人が自分の視点から詳細にリス
クを理解することが可能になります。また、サーバの高い処理能力を活用することで、モバイ
ル端末だけでは難しかった深層学習などの新しい表現が可能になると考えています。

この研究成果は、学術雑誌「Environmental Modelling & Software(Elsevier社)」に掲載
されました *1。
また、2024年5月28日に大阪大学よりプレスリリースしました *2。
2024年7月5日に読売新聞「水害リスク実感 早期避難促す」に掲載されました。

*1 Tsujimoto, R., Fukuda, T., Yabuki, N. (2024). Server-enabled mixed reality for
flood risk communication: On-site visualization with digital twins and multi-client
support, Environmental Modelling & Software, Vol. 177, 106054.

*2 洪水リスクを可視化! サーバレンダリング型MRを開発:浸水予測を手元のスマホで簡単
に(大阪大学 ResOU(リソウ)・プレスリリース)

 

福田 知弘 氏

大阪大学 大学院工学研究科 環境エネルギー工学専攻 准教授