4つのウォルト・ディズニー・コンサート・ホール
2024.08.08
パラメトリック・ボイス
コンピュテーショナルデザインスタジオATLV 杉原 聡前回のフランク・ゲーリーについてのコラムにて触れた、1988年のウォルト・ディズニー・
コンサート・ホール(WDCH)の設計競技の4人の建築家による最終選考案の詳細が気になっ
て調べたので、今回のコラムではそれらを紹介する。最終選考に残った4人の建築家は、最優
秀案に選ばれたフランク・ゲーリーの他、オーストリアのハンス・ホライン、イギリスの
ジェームズ・スターリング、ドイツのゴットフリート・ベームである。
まずゲーリーの設計競技での案では、白い層状に積み重なるコンサート・ホールのボリューム
に鉄のフレームで支えられたガラスの巨大なホワイエが接続する。このホワイエは都市とコ
ミュニティーに開かれた「都市のリビングルーム」として設計され、内部に立ち並ぶ木の柱と
樹木が、屋外の並木と連続し、内部と外部が溶け合う親密な空間が形作られている(図1、2)。
また、主要な交差点であるグランド・アベニューとファースト・ストリートに接する敷地の東
の角にはホワイエ入口に続く屋外広場が設けられ、公共性がさらに高められている。ファース
ト・ストリートを渡った北東に建つオペラ劇場のドロシー・チャンドラー・パビリオンへは歩
道橋も設けられる。コンサート・ホールへはホワイエの中の階段やエレベータで上った上階の
エリアよりアクセスする。北東のファースト・ストリートに面した立方体状のボリュームは恐
らく小さいホールを内包し、その屋根には庭園が設けられ、ホワイエの空間を横切るブリッジ
を通って上階のコンサート・ホール入口エリアと接続する。北西のホープ・ストリートと南西
のセカンド・ストリートに面する矩形の建物は事務や演奏者の裏方のプログラムなどが入ると
思われる。コンサート・ホール内部のパースは、5本の大きな柱を除き、後年建設された
WDCHの内部と大変良く似た雰囲気を持つ(図3)。
ロサンゼルスの文化的多様性と、敷地周辺の文化施設や高層ビルなど多様な建物のタイポロ
ジーを反映させたというハンス・ホラインの案には、カラフルで多様な素材と形態が組み合わ
せられる当時のホラインの作風がよく現れる(図4)。敷地南西にコンサート・ホールが配置
され、そこから北東に隣接するドロシー・チャンドラー・パビリオンへ向かう軸線上にレセプ
ション・ホールが設けられ、その先にファースト・ストリート側エントランスとドロシー・
チャンドラー・パビリオンへの歩道橋が配置される。レセプション・ホールの軸に直行する南
東にはグランド・アベニューからのエントランス、北西には円筒のボリュームの中に収められ
た六角形の小ホールがある(図5)。コンサート・ホール内部は、様々な人の多様な文化や音
楽との接し方を反映させるために画一的でない座席レイアウトとなり、ステージからの距離と
音響性能を保ちつつ、多様な座席配置となっている(図6)。また、音響のために建てられ座
席グループを分割している楔型の三角形ボリュームは内部に階段やエレベータの垂直動線機能
も持つ。なお、このコンサート・ホールの内部には、ウォルト・ディズニーへのオマージュと
してディズニーの彫像と、ミッキー・マウスのシルエットがあるという(恐らく図6右上部の
彫像と中央屋や左に架かる橋の右側の開口形状)。多様な空間を形成する内部形態は外部にも
現れ、屋根には円筒や楔の形態、また恐らく周辺敷地の高層ビルを反映したタワーが見られ、
小ホールの円筒ボリューム上部を切り欠いた北西を向く壁面は、ロサンゼルスの夕日を美しく
映すために金色とされている(図4)。(余談ながら、この夕日の話は実際に建ったゲーリー
のWDCHの湾曲した金属外壁が、太陽光をレンズのように集光しながら反射して近隣の集合住
宅の一部の気温を上昇させた問題を想起させる。この問題のため一時期WDCH金属外壁には布
が取り付けられていたが、その後に金属表面の光沢を抑えるマット加工が施され、布は取り外
された)。
次にジェームズ・スターリングの案は、敷地の中央に大きな円筒のボリュームを持ち、コン
サート・ホールはその上部に収められ、その下にガラスでグランド・アベニュー側に開かれた
大きなコンコースの空間が広がる(図7)。円筒のボリュームの北西に小ホール棟、南西に事
務と演奏者や裏方の矩形の棟が配置され、北東側には立方体や円筒、片流れ屋根の小さなパビ
リオンが配置される。これらにはギフトショップ、映像上映用のスクリーニング・ホール、大
きな螺旋階段などが収められる(図8)。コンコースにはエレベータとエスカレータが多数配
置され上階のコンサート・ホールへ導くと同時に、南西の庭に向かって開かれた演奏会も可能
にする緩い傾斜の階段状の斜面を持つ(図9)。ちなみに、図9の模型写真は2階より上階に存
在するはずのコンサート・ホールが取り除かれて写されている。円筒ボリュームのコンサー
ト・ホールの上には、レストランと半円状のルーフテラスが設けられ、敷地北側の螺旋階段が
入る小さい円筒ボリュームの上の立方体の中にもバー・ラウンジが設けられる。また、敷地西
側の積み重なる立方体の上の円筒は、建物名と演目を記して回転する看板である(図7)。
最後にゴットフリート・ベームの案では、コンサート・ホールの敷地だけでなく南東に隣接す
る二つの街区にまたがって提案がなされている。グランド・アベニューとオリーブ・ストリー
トを越えて連続する屋外プラザを形成し、南東の敷地に3つの巨大なオフィスタワーを提案し
ている。コンサート・ホールの建物は、ベームがキューポラと呼んでいるドーム形状の建物
で、周囲を6つの塔(それぞれ内部に螺旋階段とエレベータを持つ)が囲む。さらにその外側
を屋外の大階段が囲み、それを登りきった北東側にテラスを持つ。下層の通りのレベルには
キューポラの外周を車で周りアクセスできる車道と車寄せがあり、歩行者のメイン・エント
ランスは屋外プラザに続く南東側にある。エントランスをくぐるとキューポラの中心のエン
トランス・ホールに入る。エントランス・ホールには北西側の円形劇場風の開かれた演奏ホー
ルに加えて、上階へのエレベータやエスカレータがあり、これらで一段上の階のレセプショ
ン・エリアに移動する。そこからもう一段上の階に上がると円形のコンサート・ホール、円
形の小ホール、そして矩形の小ホールがある。これらのいずれの階にもキューポラの外の6つ
の塔と外周の大階段からアクセスできる。二層の構造で構成されるキューポラの層の間には廊
下が収められ、最上部には展望スペースが設けられる。
なお、グランド・アベニュー沿いのWDCH敷地の斜め向かいの隣には設計競技の2年前の
1986年に竣工した、磯崎新の初の海外作品であるロサンゼルス現代美術館(MOCA)が建っ
ている。ホライン案とスターリング案では壁面の一部にMOCAの、インドで採掘され日本で
加工された赤い砂岩に似た赤茶色の素材を用いると記されており、プロジェクト発足当初の
政治的トラブルにも関わらず無事竣工したMOCAの受容がうかがい知れるようで興味深い。
以上、1988年のWDHC設計競技の最終選考案4つについて述べたが、同一与条件に対して設
計された案を比較できる設計競技は大変興味深いものである。また過去の設計競技の中には
世の中の建築の動向を映し出して、建築設計史における意義を持つものもあり、古くはシド
ニー・オペラハウス(1956年)、国立劇場(1963年)、国立京都国際会館(1963年)、
ポンピドゥー・センター(1969年)から、ラ・ヴィレット公園(1982年)、
東京都庁(1986年)、東京国際フォーラム(1989年)、京都駅(1990年)、カーディフ・
ベイ・オペラ・ハウス(1994年)、横浜大桟橋(1995年)、台北オペラ劇場(2005年)、
チェコ国立図書館(2007年)、新国立競技場(2012年)、ヘルシンキ・グッゲンハイム美
術館(2015年)、そしてそれと同じ敷地で現在開催中のヘルシンキ建築・デザイン新美術
館(2024年)まで、建築的興味は尽きない。
*1 Richards, I. (1989). Two Collections – Two Competitions. Architectural Design.
59(3/4), 37-82.