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コラム

BIM教育と義務教育

2024.08.29

パラメトリック・ボイス                   熊本大学 大西 康伸

BIMなどの建築情報の研究をしていると、自然と実践的な研究が多くなる。分野と分野の隙間、
技術と技術の隙間を狙って、今ある問題をプロトタイピングによって解決していくのだが、企
業との共同研究が研究室活動の中心となり、学生と私で組織的に対応していく会社のようなス
タイルになる。

この、会社のような、というのがなかなか曲者である。というのも、学生たちは大学に学びに
来ているのであって、働きに来ているのではない。基本的には給料は出ず、逆に彼らは授業料
を支払っている。
そんな中で、共同研究先である企業やケーススタディのプロジェクトの動きと同調しながら
も、研究機関として成果を出していかねばならない。

よくやれてますね、と同業者から言われることが最近多くなった。昔はそういう研究室は沢山
あったし、むしろ普通であったように思う。いつからだろうか、研究室の活動を教育と割り切
るようになったのは。
大変だけど、企業と共同で研究することそのものは楽しい。その中で学生に教え、教わるのも
楽しい。しかし、一緒に仕事するのは、正直かなりしんどい。日常的なやり取りの中で、普通
は、とか、常識は、とかは通じない。彼らの頑張る基準はどこか別の次元にある。なになにハ
ラスメントが多すぎて、過度に気にしていたら身動きが取れなくなる。
企業で同様の苦労をされている方も多いと思うが、給料が出てその状態であれば、研究室の状
況をお察しいただくのは容易だろう。

そんな中、学生たちに対する認識を少し改める出来事ことがあった。

今年2月に執筆したコラム「はじめてBIMが人の役に立った話-能登半島地震」にて、研究室
で開発したBIM上で稼働する応急仮設住宅の自動配置プログラムが役だったことを紹介した。
この取り組みでは、年始から昼夜平日休日問わず開発したプログラムを用いて自ら配置作業を
行ったのだが(図1)、実はそこにはいつも感じる、例のしんどさがほとんどなかったのであ
る。しかも、研究室内の別の研究グループのI君から、ぜひ作業に加わりたいとの申し出が
あった。
 

 図1 作成した配置方針図。最終的には150を超える敷地の配置を行った。

 図1 作成した配置方針図。最終的には150を超える敷地の配置を行った。


少しでも早くという気持ちで、皆、本当に懸命に取り組んでいた。使命感のようなものが皆を
突き動かしたのかもしれない。もしくは、アドレナリンが放出されて、ある種の感覚が麻痺し
ていたのかもしれない。いずれにせよ、人としての根っこにあるものは、世代や立場を超えて
皆同じなのかもしれない、改めてそう思った。
これまでにない一体感を感じることができたし、これこそが実践的研究の醍醐味でもある。

学生は、いつか生まれ育った家庭という船から降り、研究室という船からも降りて、自らが小
舟の船長となって、たった一人で大海原を航海しなければならない。もちろん途中で仲間が見
つかるかもしれないが、ドラクエやONE PIECEのように上手くはいかないことの方が多い。
私が何かを教育することができるとするなら、生き抜く力を学生が身に付ける後押しをするこ
としかないのではないかと思う。私のやり方がいいか悪いかはわからないが、このやり方しか
思いつかない。

デジタルは様々な分野や人々を繋ぎ、失われたピースを埋める。BIMもまた然り。教育するこ
とがとても難しくなった現代において、そこではデジタルやBIMそのものを学ぶことを超え
て、基本的ではあるがとても大切なことを学ぶことができる。
これを仮に、VUCA時代における建築の義務教育とでも呼んでみよう。BIMの研究をしていて
よかったと思うことが、ここにもあった。

大西 康伸 氏

熊本大学 大学院先端科学研究部 教授