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コラム

BIMとDX

2024.10.24

パラメトリック・ボイス               芝浦工業大学 志手一哉

「建設DX」という言葉が広まっている。DX推進のような名称の部門を設置している企業も少
なくない。日本におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)の定義は、経済産業省の
デジタルガバナンス・コ』の注釈に記載されている「企業がビジネス環境の激しい変化
に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、
ビジネスモデルを変革するとともに業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変
革し、競争上の優位性を確立すること。」である。自流の解釈をかなり入れて要約すると、
DXとは「〇〇〇とデジタル技術の新結合によるイノベーション」である。
イノベーションには2種類ある。ひとつはインクリメンタルイノベーション(漸進的イノベー
ション)すなわち改善である。ふたつ目はディスラプティブイノベション(破壊的イノベー
ション)すなわち変革である。経産省の定義を踏まえれば、建設DXは「〇〇〇とデジタル技
術の新結合による建設業の変革」である。「〇〇〇」に何を入れるかは人によてさまざまだ
が、筆者としては「BIM」を入れて考えてみたい。そもそも、BIMがデジタル技術ではないか
という声も聞こえてきそうだがBIMを「建物の情報を構造化すること」と捉えれば、構造化
された建物情報とデジタル技術の新結合は、さほど奇異な表現でもないだろう。
 
では、改善と変革の違いはどこにあるだろうか。「改善」を辞書で調べると「悪いところを改
めてよくすること」とある。例えば、現状の業務で困っていること、非効率だと思うこと、面
倒なことなどを書き出せば、改善の種をたくさんリストアップできるだろう。それらの中には
BIMを絡めて対処できることが案外と多いかもしれない。人材不足や残業時間削減に加え、工
期遵守や施工品質確保など、多様な課題への対応が急務となる中で、改善を積み重ねることが
できる組織能力を構築する必要性がこれまで以上に増している。
 
辞書によれば「変革」は「物事を根本から変えて新しくすること」とあるが、そこまでドラス
ティックな変化は現実的ではない。そこで、BIMとデジタル技術の新結合で、今までできてい
なかったことをできるようにするという考え方をしてみたい。
例えば、目標コストを基準として建築生産プロセスを遂行するTVD(ターゲットバリューデリ
バリー)である。TVDを簡潔に言えば、基本設計の着手前に部分別の目標コストを設定し、各
項目の仕様や数量の変動をモニタリングしながらマネジメントすることである。基本計画に
BIMソフトウエアを用い、部位ごとの数量データに各部位の工事仕様を仮定する技術を開発す
れば、見積内訳書の細目や摘要と同じ粒度の項目で数量表を生成し、目標コストの設定やモニ
タリングができる。透明性のある数量はコストプラスフィー支払い契約の根拠にもなる。
着工後のコスト変動が生じる原因のひとつが図面間の不整合だとすれば、着工前にコーディ
ネーションを完遂することが解決方策となる。BIMによるコーディネーションを前提に総合建
設会社や専門工事会社と設計支援業務委託を締結することで、図面間の不整合に起因した工事
の手戻りがなくなるだけでなく、施工性に優れかつリーズナブルなディテールが盛り込まれた
設計を着工前に「完了」できるかもしれない。そうした設計の施工を適正工費と適正工期で請
負契約することが建設業従事者の幸福につながる。

建設技能労働者の減少に対し、工場生産の部分を増やす施策も必須である。工場生産を支える
ロボティクスの活用には3次元ジオメトリデタの取り扱いやティチングなどを担う労働
者のエンジニア化が不可欠である。工学的な好奇心、勤務地が固定された工場での勤務、BIM
を用いた設計支援業務によるクリエイティビティなどは、建設業で働くことの新しい魅力にな
る。建築ものづくりの本質的な部分は変わらないとしても、デジタル技術が高度に発展した現
代と、パソコンもなかった時代では、あつかうツール、必要なノウハウ、仕事の範囲など、若
者が魅力と感じる対象が異なるのではないだろうか。
BIMデータとデジタル技術を融合させた施設マネジメントの改善・変革を目指す発注者は、
ISO 19650-1に示されているCDE(共通デタ環境)のプロセスにおける「共有(Shared)」
につかうマスターCDEを提供し、そこでのデータのやり取りについてEIR(情報交換要求事項)
を記述する必要がある「作業中(Work In Progress)」における受託者(設計事務所や総合
建設会社)が作業するCDEは、各々で好みのツールを自由に選定すればよい。しかし、それら
のデータをマスターCDEで共有するファイルフォーマットやパラメータ(属性情報)は、EIR
に従わなくてはならない。それに対するBEP(BIM実行計画)にて、発注者と受託者は、いつ
までにコーディネーションを完了するか、コーディネーション完了後にどこからの業務を図面
に切り替えるか/切り替えないかを、建物の部分や工事ごとに合意しておく必要がある。マス
ターCDEで「公開(Published)」「アーカイブ(Archive)」されたBIMデータは、発注者の
所有である。
 
建設業界は、デジタル技術を活用した改善がイノベーションの対象となりやすい。効率化の効
果は誰の目から見てもわかりやすい。現状の悪いところを改めてよくすることは重要で、その
蓄積が企業の現場を強くする。改善の蓄積を止めた企業は綻びが出始める。しかし、そこに終
始するだけでは業界を取り巻く変動に対応できず、建設業の明るい未来を創造しがたいのでは
ないだろうか。BIMとデジタル技術の新結合で、できていなかったことをできるようにする
ディスラプティブイノベションが建設DXなのだと思う。ただしそのような変革のメリット
は、直接的かつ短期的な視点だとわかりにくいことがイノベーションのジレンマである。

志手 一哉 氏

芝浦工業大学 建築学部  建築学科 教授