複数の視点・複数の表現
~BIMの分断を埋めるための手がかり
2024.12.26
パラメトリック・ボイス NTTファシリティーズ 松岡辰郎
ここ一年ほど、オーケストラの演奏を聴きに行く機会を増やしている。元々音楽の鑑賞、演
奏、創作、楽器いじりを長年の趣味としていて、ジャンルを問わずさまざまな音楽に接してき
た。音楽に接する方法は圧倒的に録音媒体で、レコード、CD、デジタルデータ……と世の中
の変化にあわせてきた。レコードもCDもこれまで入手したものはほぼ手放していないのだが、
レコードについては現在再生する環境がなく、CDについてはすべてデジタルデータに移行し
てしまったため、物理的な音楽メディアを直接手に取る機会はほぼなくなっている。この辺り
については色々な議論があるとは思うが、筆者の場合は音質へのこだわりとそれに見合うだけ
の耳を持っていないので、約1.6万曲を胸ポケットのスマートホンに入れ、思いついた時に聴
きたい曲をすぐ聴くことができる利便性を優先している。とはいえ、昔のアナログオーディオ
への憧れがある世代なので、機会があれば再びアナログオーディオ機器を揃えてみたい、とも
思っている。いずれにしてもオタクでもマニアでもなく、楽しむ程度の趣味のレベルである。
実際の演奏を聴きに行く頻度は、社会人になってからは年数回程度となっており、対象のほと
んどがロックかジャズとなっていた。回数については仕事にかまけていたのが明白な理由なの
だが、クラシックをほとんど聴きに行っていないことについては特に理由はなく、おそらくそ
ういう時期だったのだと分析している。
このような状況が変わったのは、とあるBIM業界のクラシックに造詣の深い人に薫陶を受ける
機会を得たことによるもので、久しぶりに気軽にコンサートホールに足を運ぶようになった。
チケットを入手するために直接窓口に並んだり受付時間になったら何度も電話をかけたりした
世代なので、ネットワークを介することでこれらの面倒なプロセスがなくなったことも大きい
と思う。
音楽の楽しみ方は人それぞれだと思うが、筆者の場合、昔から気に入った曲についてはジャン
ルを問わず録音されたもの(最近はデジタルデータを直接入手することが多い)と楽譜(可能
な限りフルスコア)を入手することにしている。不思議なことだが、聴いて素晴らしい音楽は
譜面を見てもやはり美しい。聴きながら譜面を追うのも良いが、譜面だけをながめることも楽
しい。音を出さずに譜面を読むという音楽の聴き方もお勧めできる。建物への接し方に訪問し
て体験することと、図面を見ることがあるのと同じようなものかも知れない。
とはいえ、録音されたものや譜面というのは固定された記録であり、良し悪しはともかく何度
再生しても同じものである。演奏というのは解釈であり(一番自由度が高いのはジャズだと思
うが、ロックのカバーやクラシックの演者による違いも決して小さなものではない)、そのバ
リエーションを楽しむことがわざわざコンサートに出向く動機なのだと考えている。視点を変
えて情報管理的に音楽を見ると、譜面はマスタデータ、演奏はデータレイク、録音したものは
データウェアハウス、と捉えることができ、それぞれ異なる接し方楽しみ方があるのだと思う。
設計や施工といった建築生産工程で作成されたBIMモデルの竣工時における維持管理への円滑
な継承、がここ数年のBIMにおける大きな課題の一つであることは間違いがないだろう。作る
建物と運用・維持管理する建物は同じだから作成したBIMモデルを引き継げば問題なく建物情
報の移行・継承ができるはずだと思いがちだが、実際にはそのような簡単な話でもない。竣工
BIMと維持管理BIMのLODの違いとか、施工BIMは維持管理で使うには情報が多すぎるだと
か、BIMモデルのデータが重いから扱いづらい、といった話を聞くことは多い。勿論それらも
情報継承が簡単ではない理由になるのだろうが、もう少し別の視点で捉える必要があるので
は?と感じることも少なくない。
最初に思いつくのは、建築生産と運営・維持管理では同じ建物を必ずしも同じようには見てい
ない、ということだろう。以前、竣工BIMを建物運用・維持管理データとして利用することを
前提とした新築プロジェクトに発注側のBIMコーディネーターとして参加したことがある。こ
の時はBIMモデルの仕様を決める会議において、建築生産と運用・維持管理の言語があまりに
も異なることに驚いた経験がある。建物の構成要素に対する呼称もさることながら、建物全体
や構成要素の粒度と範囲、部位・機器の命名規則や特定方法も必ずしも同じではないことがわ
かった。このままでは建物情報を引き継ぐためのBIMモデルが実現できないので、関係者全員
で意識合わせをし、その内容で竣工BIMを作成するという方法をとった。用語を合わせるか対
応リストを埋め込むか、何か工夫をしなければ建築生産のBIMモデルを運営・維持管理で活用
することは難しい、と思った。
もう一つ、竣工時に竣工BIMを介した円滑な建物情報継承を難しくしているものに、建築生産
と運用・維持管理の業務構成の違いがあるのではないかと考える。
建築生産には設計や施工といった工程があるが、ものすごく単純化するとこれらの工程は直列
的に並んでおり、基本設計から実施設計、施工と進むにつれ、BIMモデルのLODも大きくなっ
ていくように見える。これに対して、FMは一般的に経営のFM、管理のFM、日常業務のFMと
いったように複数の業務が同時並行で実施される。FMといっても当然ながらこれらの業務は
それぞれが相互に関係する別の業務であり、それぞれの業務にかかわる要員もまた、必要とす
る情報の種類も粒度も異なるものとなる。
例えば維持管理は日常業務のFMだけを指すのではなく、点検やクレーム対応の情報を集約し、
集計分析によって修繕計画・整備計画を策定し、それを元に事業方針や事業計画に投影する。
FM側から見ると、このような階層や粒度の異なる情報管理が考慮されていない維持管理BIM
は、業務要件に直結していない、利用することが難しい建物情報の寄せ集めにしか見えないの
ではないだろうか。加えて3次元であることを強調されると、その時点で拒否反応が出てしま
うのではないかと推察する。FMの立場からは、建物の情報をすべてデジタル化しデータ集約
したものがBIMモデルであり、その表現形がたまたま3次元になっている、といった捉え方が
できた方が利便性を感じられるのではないだろうか。
このようなことを書いてみて、改めて建物ライフサイクルを横断するBIMモデルの整備の難し
さを認識した。それぞれの工程と業務で、建物に対して異なる視点と異なる表現が存在し、そ
れぞれが必要だということを理解した上で、建物情報の共有と継承を実現する方法を探す必要
がある。視点と表現の違いを埋めるのか活かすのか、このあたりが手掛かりになっていくよう
に思っている。