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コラム

登山と建築

2025.01.16

パラメトリック・ボイス          隈研吾建築都市設計事務所 松長知宏

設計事務所で日々の仕事の中、「自然との共存」という言葉に触れることがよくあります。
自然環境との調和や持続可能性というテーマが建築に限らずますます重要となっていますが、
そのインスピレーション?を得る場として、私は「山」の存在に強く魅了されています。最近登
山を趣味とするようになった「にわかハイカー」な私ですが、登山を通して得られるインプット
は建築に関わる仕事につく上で多くのヒントを与えてくれるように感じています。

登山という行為は、地形、気候、植生といった自然環境と直接向き合う体験です。それはま
た、人間が自然の中に「居場所」を見つけるとはどういうことなのかという話と繋がっているよ
うに思います。基本的には整備された登山道を行くことになるので、全く手付かずの自然とい
うことではないのですが、それでも山頂を目指すルートや休憩する場所を見つけながら、自然
の中での人間の存在を感じとることは、一方で建築というものがいかに人工的なものなのか、
不自然なものなのかを強く感じさせる体験です。

そのような登山体験の中で、一番直接に建築的な体験はテント泊かもしれません。テントは、
登山者にとって一時的な「居場所」を提供する、いわば建築の最小単位のようなものです。極限
的な環境の中で、簡単に設営・撤収ができるという合理性を持ちながらも、最小の構造体で
しっかりと雨風を防ぎ、最低限の安心感を与えてくれます。羨ましいほどに余計なデザインが
一切ないシンプルさは非常に示唆に富んでいます。
テントをどこにどうやって張るかを決める際にも、普段なら見落としてしまいそうな環境にも
気を配らないと行けません。風を避けるための地形の選び方や、太陽の方向を考慮した設置場
所など、ただ場所を決めるだけでも自然と向き合い、自然の条件を読み解く作業が必要になり
ます。大袈裟かもしれませんが、これは建築において敷地条件や周囲環境を読み取る作業にも
通じる部分があります。山で一夜を過ごしていると、ポツンと自然の中に取り残されたテント
に守られた小さな自分と、ゴテゴテの都市生活を送り建築の中に閉じこもっている自分の存在
とがとても対象的で、ある意味自然と人間のバランス、自然と都市の関係を思い起こさせてく
れます。

また、初めて山に行った際に一番驚き、そしてその魅力にはまってしまった要因として、山・
自然を体感する際の情報量の多さがあります。
どこまで見渡してみても人工物が視界に入らず、ただ山しかない世界。目に入るのは木々の葉
の色付きや様々に地を覆う植物、いまにも崩れそうな岩、沢の存在に気付かされる水の流れ、
さらにはそこで生活しているだろう動物たちや無数の虫など、それぞれが生きて動いている世
界を感じ、視覚からだけではない情報量の多さに気が遠くなると同時に、気がつくと何とも言
えない心地よさに包まれています。
それは不確かで自分のコントロールなど及ばないたくさんの粒子・ツブに包まれている状態と
も言えるのですが、まさに私がコンピュータを使った建築デザインに可能性を感じているの
も、そのツブの扱いという点になると思います。
例えば国立競技場の座席の色は、木漏れ日の様なツブツブの優しさを感じさせるように五色に
ランダムに色分けされていますが、コンピュテーショナルデザインがなければ、あれだけたく
さんの粒をコントロールしながらスタディを重ねることはできなかっただろうと思います。

登山を始めてみると、周囲にも登山好きな同僚が意外に多いことに気付きました。普段の生活
から離れて自然の中での人間の在り方、自然と都市とのバランスを再考すること。自然に寄り
添うことができる建築を考えるヒントが多くあるからこそ、多くの人が山に惹かれているのだ
と感じています。

松長 知宏 氏

隈研吾建築都市設計事務所 設計室長