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コラム

ドローンとMR技術で進化する建物点検
-赤外線カメラによる効率的な外壁調査

2025.04.22

パラメトリック・ボイス                大阪大学 福田 知弘

<はじめに:建物の外壁点検をより安全・効率的に>
建物の外壁は時間とともに劣化しタイルの剥がれやコンクリートのひび割れが発生します
これらを放置すると、落下事故の危険性が高まり、修繕コストも増大するため、定期的な点検
が欠かせません。
従来の点検方法には、「目視検査」や「打音検査(ハンマーで叩いて異常音を確認する)」が
ありました。しかし、これらは専門知識を持つ作業員による高所を伴う作業が必要で、安全性
や効率の面で課題がありました。
近年、赤外線カメラを搭載したドローンを活用することで、より安全で迅速な点検が可能に
なっています。しかし、赤外線画像を直感的に解釈するのは難しいという問題があります。ま
た、過去の点検結果をその点検現場で確認したいというニーズもあるでしょう。そこで、筆者
らの研究チームは、「赤外線カメラ付きドローン」と「MR(複合現実感)技術」を組み合わ
せた新しい点検システムを開発しました。このシステムにより、外壁の異常をリアルタイムで
可視化し、過去の点検データと比較しながら点検が行えるようになります。
 
ドローンを活用した点検のメリットと課題>
ドローン点検のメリット
・高所作業の危険を回避:人が足場を組んで点検する必要がなく、安全性が向上する。
・広範囲を短時間で調査可能:短時間で建物全体をスキャンできる。
・非接触で安全な点検が可能:物理的な接触が不要で、建物にダメージを与えない。
現在のドローン点検の課題
・赤外線画像の解釈が難しい:温度変化を見て異常を判断するため、専門知識が必要。
・点検結果の比較が難しい:過去のデータと現在のデータを簡単に比較できるシステムが不足
             している。
・リアルタイム性の欠如:撮影した画像を後から解析することが多く、その場で異常を確認し
            にくい。
このような課題を解決するため、本研究ではMR技術を活用し、リアルタイムで直感的に異常
を可視化するシステムを開発しました*1。
 
赤外線カメラとMR技術の融合>
赤外線カメラで異常を発見
赤外線カメラは、物体の温度を可視化する技術です。例えば、タイルが剥がれた部分は周囲よ
りも温度が高くなるため赤外線画像で「ホットスポット(異常箇所)」として検出できます
MR技術で可視化
MR技術を使うことで、ドローンが撮影した赤外線画像と通常のカメラ(RGB画像)を重ね合
わせ、異常箇所を直感的に表示できます。これにより、専門家でなくても異常を簡単に識別で
きるようになります。
データの蓄積と比較
さらに、このシステムでは、過去の点検データと現在のデータを重ねて表示できるため、異常
の進行具合を簡単に確認できます。例えば、「3年前に比べて剥離が拡大している」といった
変化を視覚的に捉えられるようになります。
 
実験と結果:劣化の検出精度を検証>
筆者らは、このシステムの精度を確かめるため、以下の実験を行いました。
1. 人工的にタイル剥がれを作成
・コンクリート壁にタイルを貼り、一部を剥がれた状態として空隙を設ける。
・ヒーターを使ってタイル剥がれ部分の温度を周囲より高く設定。
2. ドローンを飛ばしてデータ収集
・赤外線カメラとRGBカメラを搭載したドローンを飛ばし、データを取得。
3. MRシステムによる解析と表示
・赤外線画像から異常箇所を抽出し、MRを用いてRGB画像に重ねて表示。
実験結果
・タイル剥がれの大きい部分は明確に検出可能
・小さな剥がれ(40mm × 10mmなど)は検出が難しい
・MRによるリアルタイム表示は有効だったが、画像の端部で誤差が発生
この結果から、大きな異常は正確に検出できることが確認されましたが、小さな異常の検出精
度向上が課題であることを確認しました。
 
まとめ:ドローンとMR技術で未来の点検を変える>
本研究では、赤外線カメラを搭載したドローンとMR技術を組み合わせることで、建物の外壁
点検をより直感的で効率的に行えるシステムを開発しました。この技術によって、非専門家で
も建物の異常を把握しやすくなり、より迅速なメンテナンス対応が可能になります。
将来的には、BIMとの統合やドローンの飛行精度向上によって、提案システムの枠組みを拡張
し、点検・管理の実用化が可能になっていくと期待されます。

 図1 提案フローとMR出力結果

 図1 提案フローとMR出力結果



 図2 キプロス・ニコシアで開催されたeCAADe 2024での発表風景(M1 福田)

 図2 キプロス・ニコシアで開催されたeCAADe 2024での発表風景(M1 福田)


 

    図3「Tower 25 – White Walls」キプロス・ニコシア「エレフテリア広場」の隣に
      位置する高さ67mのアイコニックなタワー(設計:ジャン・ヌーベル)

    図3「Tower 25 – White Walls」キプロス・ニコシア「エレフテリア広場」の隣に
      位置する高さ67mのアイコニックなタワー(設計:ジャン・ヌーベル)


*1 Fukuda R., Fukuda T., Yabuki N. (2024). Advancing Building Facade Inspection:
Integration of an infrared camera-equipped drone and mixed reality, Proceedings of
the 42nd Conference on Education and Research in Computer Aided Architectural
Design in Europe (eCAADe 2024), 2, 139-148.

福田 知弘 氏

大阪大学 大学院工学研究科 環境エネルギー工学専攻 教授