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コラム

身体性AIからみるヒトの身体と環境の関係性

2025.06.17

パラメトリック・ボイス
                              東京大学 玉田 大

 

 人間・非人間さまざまなエージェントが同居する都市生活のイメージ(筆者がChatGPTにて出
 力)

 人間・非人間さまざまなエージェントが同居する都市生活のイメージ(筆者がChatGPTにて出
 力)

 
はじめに
東京大学 豊田研究室の玉田です。2024年9月に特任研究員として着任しまして、今回が初コ
ラムとなります。
私は以前ゲーム業界に在籍しており、コンソールゲームやスマートフォンゲームの開発・運営
のプロジェクト管理などを中心に経験してきました。ゲームは、様々な要素とのインタラク
ション(相互作用)を伴うユーザー体験が特徴のコンテンツです。そのような経緯から、人間
と空間の相互作用における認知について関心を持ち、東京大学 工学系研究科 都市工学専攻 修
士課程にて、生まれ育った都市や自然の物的環境と空間認知の発達の関係をバーチャル空間の
実験にて検証をする、といった研究を行いました。
本稿では、その認知分野に関するトピックについて、最近のAI事情や建築・都市分野と紐づ
ける形でご紹介できればと思います。
 
身体性AI(Embodied AI)と人間の身体性認知
最近のAI事情について、ここ数年の大規模言語モデルを軸とした進展は言わずもがなだと思い
ますが、物理世界を理解する「フィジカルAI」が次のAIの波になるだろうと言われています。
そんな中で、ヒューマノイドロボット(人型ロボット)の2024年の投資額は過去最高となり、
またデモ動画が界隈を賑わせるなど、現在注目度が高い領域となっています。人間と同じ身体
性を持つヒューマノイドロボットが物理世界を理解するためには、人間における身体性と環境
の相互作用に伴う認知や行為のプロセスを理解する必要があり、そのような知能の形成手法は
「身体性AI(Embodied AI)」と呼ばれております。
また、このようなAI分野におけるトレンドとそれに伴い着目されつつある人間が持つ身体性認
知については、その相互作用相手となる環境や空間を取り扱う建築・都市分野とは切り離せな
く、今後のこの領域におけるAIの進化が想定される現状において、より一層重要なアジェンダ
の一つとなると考えています。
 
身体と環境の相互作用による認知―エナクティヴィズム―
認知科学における考え方や立場の一つに、認知は人間の身体性と環境の相互作用によるものと
する「エナクティヴィズム」というものがあります。エナクティヴィズムは、フランシスコ・
ヴァレラ、エヴァン・トンプソン、エレノア・ロッシュの著作である「身体化された心―仏教
思想からのエナクティブ・アプローチ」の内容が起源となっていると言われています。ちなみ
に、動詞enactは「法律などを制定する、役を演ずる」という意味であり、「身体化された心」
の翻訳では名詞enactionは「行為からの産出」と訳されています。

エナクティヴィズムは、それ以前の認知科学分野において研究が進んでいた「表象主義」とさ
れる内的表象などの概念に対して批判的な立場にあるとされています。
言語のような記号的なもの、または視覚的なイメージのようなものなど、外界の事物や出来事
を頭に思い浮かべることを「表象」といいます。その表象の入力の後に、記憶・推論など、心
の中の情報処理が行われ、その計算処理結果が行為などにて出力される、このような「入力→
情報処理→出力」という直線的な時系列で心の動きを解明する立場が表象主義となります。
一方で、エナクティヴィズムは、そのような表象に依拠した直線的な処理ではなく、人間が身
体を備えていることで具体的な行為主体として世界の中に存在し、常に自らの行為可能性を環
境の中に探索しつつ生きている、つまり、環境からの感覚情報などが「受動的」に入力されて
知覚を生み出しているのではなく、最初に行為するための手がかりとなる情報を最初から「能
動的・選択的」に受け取っているものである、という位置づけがベースの考え方となります。
ちなみに、エナクティヴィズムにおいて、認知とは「意味生成」であるとされています。これ
は、身体をもった主体が環境に働きかけ、そこに予測→確認→修正→予測→⋯⋯などのループ
を形成し、その環境に対する適応のための自己調整、またはその予測誤差の調整などによる環
境との差異(または予測誤差)の登録などと定義されます。この意味生成を含むエナクティ
ヴィズムにおける具体的な分類や認知プロセスに関する諸説等について、ご興味のある方は参
考文献をご覧ください。
 
さいごに
ここまで簡単ではありますが、身体性AIの潮流に紐づけた身体性認知について、紹介させてい
ただきました。非常に圧縮した内容なのはさることながら、建築・都市分野においては、環境
側の行為可能性と定義されるアフォーダンス理論のほうで既に馴染みがあるかもしれず、至極
当然の内容に感じられるかもしれません。
身体性AIは、今後人間と同じような身体性認知を伴った知能を持てるようになるのか、または
どこかの限界ポイントが訪れるのか、はたまた人間とは別の発達した物理世界知能を持つのか
はまだわかりません。いずれの場合においても、環境や空間を取り扱う建築・都市分野として
どういうスタンスを取るのか、支援するのか、制御するのか、個人的に今後もアジェンダとし
て提起しつつ、研鑽を続けたいと思っております。

豊田研究室では、本稿で取り上げたようなロボットなど(Non-Human-Agentと呼んでいま
す)を含む様々なエージェントが環境、空間内で相互に関わる将来において、エージェント同
士またはエージェントと環境が相互認知するための空間記述のあり方について、体系化に向け
た研究開発を推進しております。

東京大学生産技術研究所豊田研究室メンバーの持ち回りコラムとして執筆させていただきまし
た。他の回もお時間がありましたら是非閲覧してみてください(これまでのコラムはこちらか
)。

参考文献:
1. 玉田大, 樋野公宏, 浅見泰司: 生育環境と空間認知の関係 仮想空間におけるナビゲーション
  テストによる検証, 日本建築学会計画系論文集 第89巻 第822号, 1486-1493, 2024年

2. 谷口忠大編 : 記号創発システム論 来るべきAI共生社会の「意味」理解に向けて, 新曜社,
  2024
3. フランシスコ・ヴァレラ, エヴァン・トンプソン, エレノア・ロッシュ著, 田中靖夫訳 : 身
  体化された心―仏教思想からのエナクティブ・アプローチ, 工作舎, 2001
4. ショーン・ギャラガー著, 田中彰吾訳 : 身体性認知とは何か 4E認知の地平, 東京大学出版
  会, 2025
5. 吉田正俊, 田口茂著 : 行為する意識 エナクティヴィズム入門, 青土舎, 2025


玉田 大 氏 東京大学生産技術研究所 特任研究員

豊田研究室

東京大学生産技術研究所 人間・社会系部門(5部)