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コラム

建築から地域経営デザインへ
― AI×デジタルツインが切り拓くまちづくり ―

2026.07.16

パラメトリック・ボイス            安井建築設計事務所 村松弘治

1.建築から地域価値創造へ
私たちはいま、「建築をつくる時代」から「地域価値を創造する時代」への大きな転換点に
立っている。
これまで建築家や設計者に求められてきた役割は、与えられた条件の中で、建築物そのものを
設計し、実現することであった。しかしこれから求められるのは、建築単体や敷地境界を超え
て「まちの未来を設計する力」である。
大都市では現在、大規模・中小規模を問わず再開発プロジェクトが次々と進行している。これ
らの目的は、単なる建物の更新ではなく、都市構造そのものを再編することである。
一方で、こうした流れと並行してリノベーション市場も着実に拡大している。近年では、一つ
の建築を再生するだけでなく、そのプロジェクトを起点として周辺地域に新たな人の流れを生
み出し、地域全体を魅力的に活性化させている事例が増えている。
まちの活性化において最も重要な事業資源は地域経済である。まちを持続的に活性化させるた
めには、人が集まり、その流れに伴って経済が循環する仕組みを構築しなければならない。
そのためには、地域全体を一つの価値創造の場として捉え、そのエリア全体で持続的な収益を
生み出すことが重要である。その視点こそが、地域経済の循環につながる。
 
2.文化を起点にした都市再生 ― 馬喰クラート
2026年7月初旬、東神田/馬喰町エリアに株式会社エトワール海渡によるエリア構想「馬喰ク
ラート
」がリリースされ、その最初の中核拠点として「アートベース/偶然はない。」がオー
プンした。
これは、アートとクラフトを起点に新たな地域価値を生み出そうとする地域再生プロジェクト
である。構想には、かつて 3331 Arts Chiyoda を運営していたコマンドAが関わっており、
私たちも本プロジェクトの空間設計に携わっている。
この「アートベース/偶然はない。」では、地域住民、ものづくり事業者、アーティスト、企
業、教育機関など、多様な主体が交わることで、新たな活動と交流を地域の中に生み出そうと
している。
 
ここ東神田/馬喰町エリアは古くから物流と商業が交差し、多様な人と文化が集積してきた地
域である。近代以降は問屋街として発展し、独自の産業文化を形成してきた。近年ではそこに
アーティストやクリエイターが流入し、新たな文化形成が始まりつつある刺激的な地域でもあ
る。
エリア構想「馬喰クラート」で目指すのは、建物のリノベーションによる単なる建築再生にと
どまらず、文化を中心とした活動の起点を地域に構築し、途切れることのない人流の創出とと
もに、地域経済の好循環を促す「新たな持続可能な地域再生モデル」である。
 
3.このような地域モデルをどのようにしてつくるか?
このようなまちづくりを実現するためには、
① まちづくりのテーマ設定
② まちにある建築のつくりかた/場の利用方法
③ ①と②を統合する事業収支計画
の三つを一体的に検討することが不可欠である。
まず、①と②で重要なことは、「まちのコミュニティをどのように形成するか」という視点で
ある。
―地域のダイナミズムを引き起こす「まちと建築の境界」―
次に、そのコミュニティが継続的に活性化するために、「どのような建築や場をつくり、どの
ように活用していくか」にフォーカスする。このとき重要なのが、地域のダイナミズムを引き
起こす可能性を持つ、「まちと建築の接点「境界」のつくり方、そしてその絡み方」である。
つまり、人の活動や交流を自然に誘発するような魅力的な境界を生み出せるかが、まちの人流
の活性化を左右する。
さらに、③の事業収支計画は、「事業全体の方向性を決定づける」最も重要な要素である。ま
ちづくりは、長期にわたる事業であり、社会環境や市場環境の変化を見据えた時間軸でのマネ
ジメントが必要不可欠となる。
そのため①~③は個別に検討するのではなく、それぞれのシミュレーションを統合し、相互関
係を可視化しながら最適解を導き出すことが重要である。そして、その結果に基づいて合理
的・継続的に事業をマネジメントする必要がある。
―デジタルツインの活用がここにある―
このように、「まちづくり、建築づくり、場の利用、事業収支」を同時並行で検討・更新して
いくプロセスに適しているのが、デジタルツイン型思考である。
デジタル空間上で現実と未来のまちや建築、場の利用状況を可視化し、さまざまなシミュレー
ションを行いながら、事業収支との整合性を確認して計画を進めることができる。まさに、ま
ちづくり全体を「見える化」する仕組みといえる。
最近では、PLATEAUを活用することで、都市構造や人の活動を容易に分析できるようになっ
てきた。こうした分析結果をもとに、地域に不足している機能や、他地域にはない固有の資
源・魅力を整理することで、その地域ならではの個性や競争力を明確にすることができる。
―フレキシブルなまちづくりのためのデータマネジメント―
時代の変化はますます速くなっている。まちづくりにも、変化を前提とした時間軸でのマネジ
メントが求められる時代になったといえる。人々が求める空間価値やライフスタイル、まちに
求められる機能は絶えず変化する。その変化に柔軟かつ迅速に対応できるかどうかが、地域の
持続的な発展を左右する。
その際、データの存在は極めて重要である。状況の変化に応じて、プランA、プランB、プラ
ンC・・・といった複数の選択肢を迅速にシミュレーションし、最適な意思決定を行うことが
可能となる。このようなデータに基づく柔軟なマネジメントこそが、健全で持続可能な事業運
営につながるのである。
すなわち、これからの設計者には、建築を設計する能力だけでなく、データを操りながら、地
域全体の事業や経営を理解し、多様な要素を統合しながらプロジェクトを推進する手法や能力
が求められるようになるだろう。
 
4.「建築デザイン」から「地域経営デザイン」へ ―設計者の役割拡大―
まちには、まだ顕在化していない多くのポテンシャルが存在する。
それを発見し、新たな価値へ転換することこそ、これからの設計者に求められる重要な役割の
一つになる。
東京に限らず地方には、多くの空き家、廃校、遊休不動産がそのまま残されている。これらを
いかに再生し、新たな人の流れと経済循環を生み出すか。その役割はもはや事業者だけのもの
ではない。設計者自身が事業構想段階から関わるプロセスがすでに始まっている。ゆえに、も
はや単なる空間デザイナーを超え、地域価値を創出し、経済循環そのものを設計する「地域経
営デザイナー」へと進化しなくてはならない。
同時に、建築設計という仕事も、確実に「建築をつくる仕事」から「まちの未来を構想する仕
事」へと拡張しつつある。
次世代の建築家や設計者に求められるのは建物を設計する力に加え地域そのものを経営し
未来価値を創造する力である。
私たちはすでにいま、その新しい時代の入口に立っている。

 「馬喰クラート」のエリア構想

 「馬喰クラート」のエリア構想


 「アートベース/偶然はない。」

 「アートベース/偶然はない。」


 7月6日 プレス発表

 7月6日 プレス発表


 PLATEAUを活用した周辺分析

 PLATEAUを活用した周辺分析

村松 弘治 氏

安井建築設計事務所 取締役 副社長執行役員