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コラム

直線的時間とBIM

2026.10.29

パラメトリック・ボイス                   熊本大学 大西 康伸

記念すべき掲載30本目のコラムである。
 
記念に相応しく、当初は何か特別なことを書こうと息巻いていたが、いつもの事ながら考えて
も考えても特別なアイデアは何も思い浮かばず、とうとう締め切り1週間前を切ってしまった。
自身の平凡さに呆れつつ、特別などと肩肘を張らずに諦めていつもの調子で心に秘めた思いを
書くことにした。
 
少し前のことになるが、7月28日(火)16時27分、熊本地方でマグニチュード7.1の地震が発
生した。震源は宇城市の南部、氷川町との境付近であり、10年前の熊本地震の時に割れた布田
川断層に隣接する日奈久断層の北の端である。
2つの断層の位置関係によりいつか必ず割れると聞いていたが、こんなに早く最大震度7の地震
が来るとは思ってもみなかった。
 
今となればどうしてそんなに冷静に考えられたのかわからないが、震度5強の揺れで崩れゆく
自室の本棚に埋もれながら、日奈久断層が割れたことや、県南に恐らく多くの応急住宅が建設
されるであろうことが頭をかすめた。
研究室の学生とともに屋外の木陰に避難し、2年半前の能登半島地震の時の連日の作業を思い
出しながら(コラム「はじめてBIMが人の役に立った話-能登半島地震」)、今後どの研究室
メンバーとどのように作業を進めるか、ずっと考えていた。
 
で、結論から言うと、実は研究室に応急住宅の仮配置図作成の協力依頼はとうとう来なかった。
 
その理由は定かではないが、想像するに、能登半島地震と比べ今回の地震の整備戸数の少なさ
と、研究室で開発したプレハブ応急住宅自動配置プログラムのRevitアドイン化の効果の二つ
が関係していると思われる。前者については、不幸中の幸いというべき研究室が協力するまで
もない状況であり、それそのものは無論良いことであった。
だがその一方で、後者についてはとても複雑な気持ちになった。アドイン化によって研究室が
長年開発してきたプログラムの利用のハードルが下がり、誰もが簡単に素早く仮配置図が作成
できるようになった。これほど素晴らしく誇らしいことはないが、同時に、それは自分たちに
もうお声が掛かることはないことを意味した。
 
今自分が生きている情報技術で建築の問題を解決する世界では、問題があるからこそ必要とさ
れ、それが解決すると必要とされなくなる。本来は喜ぶべきことなのだが、頭では理解してい
るつもりでも感情がなかなか追いつかず少し戸惑ってしまう。
その気持ちも消えぬうちに、また次の問題がありそうな事柄を探し当て再びその解決のための
挑戦を続けるのだが、そんな時ふと頭をよぎるのは、これからもずっと問題探しと解決に明け
暮れ、心の平穏がこの先ずっと訪れないのではないか、という不安である。
 
いつから人は、よりよい明日を生きる成長する生き物になってしまったのか。どうして進歩し
なければならないのか。昨日と今日はなぜ同じではだめなのか。
こんなことを言うと、少し休んだほうがいいのではないかと心配されたりするかもしれない。
しかし、自分としては変なことを言っているつもりはないし、本当に休むべきは私ではなく、
むしろがむしゃらに発展しようとするテクノロジーの支援者たちであると思う。
 
ずいぶん前に、円環と直線という異なる時間の概念を聞いたことがある。その昔、人々の生活
は春夏秋冬を繰り返し巡る円環的な時間を生きていた。例えば里山での生活である。一見代わ
り映えのない毎日が繰り返される中で、実は大小様々な経験が積み重なり、目に見えないとこ
ろで日々多様な関係がゆっくりと形作られる。それが、生きるという行為であったのではある
まいか。
しかし、今我々は常に変化と発展が求められる直線的時間を生きている。常にその速度が評価
され、後戻りすることは無論、停滞することも許されない。労働は金銭的価値に換算され、生
きることそのものとの距離は遠くなる一方である。それがBIMの発展と重なって見え、その研
究は終わりのない苦行にも思えてしまう。
 
恐らくこんなことは決して起こり得ないのだけれど、もうこれくらいでいいんじゃないかと皆
が納得し、その時点で技術が定常化するとして、その時から私は一体どんな人生を生きるのだ
ろうか。
これを現代における円環的時間の到来とするなら、かつての円環的時間における営みとの違い
は何だろうか。これをBIMが描いた理想的建築情報環境(ユートピア)への到達とするなら、
きっと利他による全体最適化が隅々まで行き渡った状態が実現されていると思いたい。
 
実は今回の熊本地震で研究室が協力する必要がなかった背景には、単に応急住宅全体としての
整備戸数が少なかっただけでなく、熊本県の方針でプレハブと木造の比率がこれまでの災害で
の整備実績と逆転したため、プレハブの整備戸数がさらに少なくなったことが影響したようだ。
仮に自身が被災したとして、どちらに住みたいかと問われると間違いなく木造と答えるだろう。
今回、必要整備戸数が木造応急住宅の供給可能能力を上回らないと予想されたため、熊本県は
以前からの方針に従い、基本的には木造で建設すると決定したのだろう。
 
流石に、いくらプレハブが対象の配置自動化の研究をしているからといって、家を失った人々
にそれを押し付けようとは思わない。それなら木造を対象とした配置自動化の研究をすればい
いのだが、実はちゃっかり2年前からその研究をスタートさせていた。
能登半島地震の発生をきっかけに熊本県のS氏から南海トラフ発生時の九州各県における災害
相互支援のネットワーク構想を聞かされ、その時研究室の4年生であったMさんと共に研究を
開始した。今回は間に合わなかったというのが実情であるが、間に合っていたらまた一つ問題
を解決したと、私自身きっと今頃浮かれていたであろう。もちろん、その研究成果は近いうち
にきちんと世の中に送り出す手筈は整えているのだが。
 
今回の地震では直接の役には立てなかったが、結果として自分を少し見つめ直すことができた。
それで良いわけではないのだが、掲載30本目ということで、ここは大目に見てほしい。

 木造応急住宅の配置案

 木造応急住宅の配置案

大西 康伸 氏

熊本大学 大学院先端科学研究部 教授