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コラム

建築生産への利用者参加とICT

2016.10.06

パラメトリック・ボイス               芝浦工業大学 志手一哉

Wikipediaの開発に影響を与えた思想である「パタン・ランゲージ*1」を生み出したのは
築家:クリストファー・アレグザンダーである。パタン・ランゲージとは、良質な建築を生成
する定石(パタン)とそれを解釈する言語表現(ランゲージ)を組み合わせ、それらの相互関
係を記述した建築生産の手段とされる。アレグザンダーは、パタンをシステム、ランゲージを
コンテンツとして用いることで、利用者が自らの住宅を生産するプロセスに参加することが容
易になると考えた*2。ここで言うシステムとは、空間や部品相互の関係、それらの設計や施
工の手順といった、インターフェイスのデータベースとも言える。十分に吟味されて蓄積され
るパタンから、利用者は計画に必要なパタンを選んで使う。選択するパタンには、それが関連
するパタンが記述されており、それを辿ることで計画に必要なパタンを揃えていく。コンテン
ツとは、パタン毎に、利用者が住宅に対する要求を具体的かつ理論的にまとめた説明である。
この説明を参考にして、利用者は自らのランゲージを考えて具体的な形を作っていく。アレグ
ザンダーは、パタンとランゲージの組み合わせを利用することで、良い住宅の基本的な条件を
満たしつつ、利用者が主体となって、自由な形状の個性的でユニークな住宅を生産できると説
く*3。

この建築生産プロセスでは、建物の部分ごとのディテールやその施工に適した構法を現地現物
で考えていくべき、とアレグザンダーは考えている。そのために、建設活動の拠点となり、建
設プロセスの実験を行うビルダーズヤードを必要とする。ビルダーズヤードで利用者は、要求
と予算に見合う施工方法を、図面に頼らず自らの手を動かして検討することができる。そして、
このような利用者参加の住宅生産システムには、パタン・ランゲージの適切な使用、施工に対
する専門的な知見や作業のやり方、コストマネジメントなどを統合的な視点で指導してかつ建
設作業全体の責任を持つ、アーキテクトビルダーの存在が不可欠とアレグザンダーは考えた。

アレグザンダーが、利用者による住まいづくりのプロセスを明確にしようとして取り組んだ
「メキシカリ・プロジェクト」の実験は、今から40年前の1976年に行われた*4。この実験に
参加した5組の家族は、アーキテクトビルダーであるアレグザンダー率いる環境構造センター
に指導を受けながらセルフデザイン・セルフビルドで住宅を建設した。完成した住宅の写真
を見る限り、商品的な魅力は感じられないが、求めている空間に出会えそうな雰囲気がある。
この実験結果をアレグザンダーは、プロジェクトに参加した家族が新しいプロセスと古いプロ
セスとの間のずれに不快な摩擦をしながらも自ら作り上げるプロセスを経て完成した住宅を愛
し完全に満足しているのに対し、それを取り巻く型にはまったプロセスに固執した権力のある
外野が新しいプロセスを否定し続ける困難を伴ったと総括し、新しいプロセスの実現には古い
認識を多世代にわたって置き換えていくような漸進的なパラダイム転換が必要と指摘している。

それから40年を経た2016年、私たちは、テクノロジー・パラダイムの変化の只中に生きてい
る。BIMはある種のパタンを我々に提供しているし、様々な可視化技術やシミュレーションが
図面を用いずに自らのランゲージを探究する環境を作り出している。それらの吟味された蓄積
は、アルゴリズムやプロパティのライブラリとして拡散していくだろう。3Dプリンタや自動
制御加工機は、自ら部材を生産するプロセスを助けてくれるビルダーズヤードになる。デザイ
ン‐試作‐制作に至る、加工情報を付加させながらのデータ移送は、AIのサポートで、施工性を
考慮したベストな解が提示されるようになるだろう。このようなプロセスで生産した部材を組
み立てる、つまり設計から施工までオブジェクトをベースにデータがつながることで、利用者
によるコストコントロールの可能性がひらけてくる。

こうした、利用者による住宅生産を支える技術がつながったシステムの具体なイメージを容易
に想像できる現在においても我々は、建物は専門家が提供するものだという型にはまったプロ
セスに固執していくのだろうか。あるいは、建築の専門家がアーキテクトビルダーとしてICT
を駆使した住宅生産をサポートする、サービス的なビジネスに取り組む時代の到来を見るのだ
ろうか。アレグザンダーの考えが全て正しいわけでもないし、建築物の商品化という新しいパ
ラダイムに対する抵抗であったとも言える。しかし、BIM、FM、PM(Project Management)
などの建築マネジメントが発展するためには発注者の強力な主体性を求める議論も多く、それ
を裏返せば、発注者の建築生産への積極的な参加をサポートするサービスの未成熟に対する指
摘である。BIMをはじめとしたICTの発達は、建築の専門家のためだけではない。寧ろ、発注
者や利用者を専門家の領域に迎え入れる敷居を下げるために進化し続けているとみるべきでは
ないか。そのようなパラダイムにおいて建築のコンセプトは、パタン・ランゲージのページを
増やしたり改定したりするごとく、ソフトウエアで実行できるプログラムで言語化され、伝達
され、発注者や利用者が自らの解釈で使用することになるのかもしれない。


*1  クリストファー・アレグザンダー「パタン・ランゲージ」鹿島出版会
*2  連勇太朗「生成力を設計せよ──1968年のC・アレグザンダーへ」10+1 web site
*3  スティーブン・グラボー「クリストファー・アレグザンダー」工作舎
*4  クリストファー・アレグザンダー「パタン・ランゲージによる住宅の生産」鹿島出版会


志手 一哉 氏

芝浦工業大学 建築学部  建築学科 教授