ビットコインに学び、BIMをAIVSへと進化させる
2017.01.05
ArchiFuture's Eye 日建設計 山梨知彦
■なぜBIMは流行らない?
ArchiFuture Webの読者ならば、BIMやICTが建築界に与えうる計り知れないインパクトにつ
いて、何らかの確信を持たれているはず。僕もそんな一人で、誰から頼まれたわけでもないの
に、僕なりの確信を宣教師のように布教してきた。
2009年、おそらくは日本最初のBIM本である、「BIM建設革命」(日本実業出版社)を僕は
出版した。その中で、2009年を日本の「BIM元年」と勝手に位置づけちゃったわけです。あ
れから8年、講演や原稿執筆など、優に百を超える機会で「BIMは良いよ!」と繰り返し唱え
てきた。その甲斐も多少はあってか、最近では日本国内でもBIMが各所で話題になり、使われ
だした。素直にうれしい。
でも未だBIMは、大流行や一般化には至っていない。僕らBIMを唱えるものがBIMの背後に見
ているインパクトの大きさに比べ、実務での利用率は低い。日本はともかく、BIM先進国であ
るはずのアメリカやヨーロッパ諸国においても、さらには国策としてBIMの使用を法で定めて
いるはずのイギリスやシンガポールにおいてですら、BIMの推進が声高に叫ばれている一方で、
その利用率が激増していないという。なぜ、こんなに便利で将来性もありそうなのに、BIMは
流行らないのだろう?
■AIVS(Architectural Information and Value-making System)
僕自身は、使えば使うほどユーザーにバリューをもたらす巧妙な仕組みが、BIM自体に仕組ま
れていないことに、その理由があると思っている。
BIMを使えば、やがては間違いが減り、設計や施工の効率や品質が上がり、より高次元のビル
管理がICTの利用で簡易に行えるようになり、設計者、施工者、クライアントの三極に
バリューをもたらすことはわかっているのだが、「やがて」というところが曲者。即時、もし
くは後になってでも確実に、かつ自動的にバリューを利用者へもたらす仕組みを、現時点での
BIMはシステムとして内包していない。バリューをもたらす可能性だけをチラ見せしているだ
けだから、現時点のBIMに本気で肩入れをするのは、将来に投機的に投資する輩か、新しい物
好きか、道を失い藁をもすがる思いの迷えるものか、はたまたBIMのお告げを妄信する宣教師
にとどまってしまうのだろう。
BIMが大ブレークをするためには、利用者にバリューを確実にもたらす仕組みを内包したもの
へと、再設計する必要がありそうだ。
BIM(Building Information Model)を、AIVS(Architectural Information and Value-
making System 建築情報・価値創造システム)のような感じにバージョンアップできない
ものだろうか?
■ビットコイン
BIMをAIVSへと進化させる上で、参考となりそうなものと言えば、仮想通貨「ビットコイン」
ではなかろうか。日本でビットコインといえば、「マウントゴックス社」が大量のビッドコイ
ンを盗難により失い、破産に至ったという事件(2014年4月のことだ)をまずは連想させて
きた。だからどうしても、通常の貨幣に比べビットコインとは、恐ろしく危なっかしい、パッ
と出のいかがわしいものとの印象が強い。しかし、ここへきて専門家のビットコインに対する
好意的、積極的コメントが目立ち始めた。ビットコインは、通貨としての存在感を強めている
ように見える。
■通貨の歴史
長期に安定したシステムにも見える伝統的な通貨も、実際その歴史を振り返ってみると、意外
にも浅いことに気付く。現在のICTの隆盛やグローバル化が、ビットコインのような仮想通貨
を生んだのは、時代の必然であったのかもしれない。
最古の硬貨が生まれたのは、紀元前7世紀(エレクトロン貨幣)ではあるのだが、紙幣となる
とずっと後の1023年になってやっと、中国の北宋で誕生した(交子)。
国際的な通貨管理制度が、金本位制に基づき管理通貨制度として確立したのは、100年ほど
前の1914年のことであるし、今では当然のことのように受け入れられている変動相場制が導
入されたのは、わずか45年前の1971年のことだ。
そして僕らが今、日々、当たり前のように、国内外で使っているクレジットカードの元となっ
ている「電子マネー」の概念に至っては、生まれたのは1990年代であり、実際に世界中で当
たり前のように使われ始めたのは今世紀になってからのこと。
通貨とは、かくのごとく時代の要請に合わせて変化し続けて来たものなのだ。この変革の時代
に合って、むしろ通貨が新しい形に変革を遂げないことの方が、不自然に感じるほど、通貨は
時代を反映して変わってきたシステムなのである。
■ビットコインのシステム
ビットコインは、人為的に構想され実際に設計され運用されたシステムとして、建築設計を手
掛ける立場からも非常に興味深い。残念ながら、貨幣や経済について僕は全くの素人であるか
ら、ここで開陳するビットコインのシステムの解釈については、誤解や未消化が多々含まれる
であろうと思われるが、その点はご容赦いただきたい。
ビットコインとは、2008年10月に、サトシ・ナカモトを名乗る人物が発表した論文に端を発
した、コンピューターネットワークの利用を前提とした、バリューを管理し取引や決済をする
ためのシステム=仮想通貨である。実際にビットコインにより最初の決済が行われたのが、
2011年5月ということなので、全く新しい概念の通貨でありながら、理論の構築から通貨とし
ての実用まで、驚くべき短期間で実現している点がまず着目に値する。
特徴的であるのは、通貨の管理に、これまでは必ず介在してきた国家などの中央集権的権力が
介在することなく成立するよう設計がなされている点だ。ビットコインの主たる目的は、物理
的に離れた送金者と受取人の間の通貨の取引を、コンピューターネットワークを利用すること
で、極めて低コストで実現することにある。
取引をきちんと記録することが極めて重要であることは、貯金通帳を思い浮かべれば簡単に理
解が出来る。ビットコインでは、この取引の記録を、特定の銀行などがクローズドかつ集約的
に行うのではなく、ネットワーク上で広く記録作業を手伝う者(マイナー、採掘者)に自由参
加させ、報酬(採掘対象)を用意することで、競争原理を使って記録作業をさせてしまう仕組
み(マイニング、採掘)を取っている。ここで得られる報酬がまたビットコインになっている
ことで、マイニング参加者を増やしビットコインのシステムに組み込んでいくことで、中央集
権的なシステムの介在なしに、システムが分散的に運営されてしまうシステム設計がなされて
いる。
取引の記録は、単体では「ブロック」と呼ばれる。それがつながり一種のビットコイン全体の
取引を示す台帳として、ブロックが長く連なった「ブロックチェーン」が記録される。このブ
ロックチェーンはネット上で公開され、その時点で最も長く伸びている枝を正しい記録とする
という単純なルールでブロックを繋いでいく。常にマイナーたちは報酬を求めて新たで正確な
ブロック(個別の取引き情報)を、報酬としてのビットコインを得るがため、我先に正確な
(最も長い)ブロックチェーンの後ろに繋ごうと試みる。この結果、正確な取引情報を持つ枝
だけが多数決の原理で選択され、後の枝は淘汰され、正しいブロックチェーンだけが常に長く
伸びていく。
たとえ誰かが、意図的に偽の取引情報をつけ足して枝を設けても、それを伸ばして一番長い枝
とするためには、全てのマイナーの努力の総和を超える「努力」をする必要がある。この場合
の努力とは、コンピューターネットワーク上の話であるから、計算量ということになる。計算
量とは、単純に言えば、コンピューターの台数とそれに要する電力であるから、ブロック
チェーンに正しいブロックを繋ごうとする善意あるマイナーが一定量を超えてしまうと、その
総和である膨大な計算量を悪意あるマイナーが超えることは困難となり、事実上、ブロック
チェーンの健全性は、コンピューターネットワークの中で、オープンでありつつも、きちんと
保たれてしまうのだ。
■建築界のサトシ・ナカモト
かくのごとく、ビットコインは、コンピューターネットワークというプラットホームに、人間
の性を適所適材に組み込み、デザインされている。マイニングというシステムは、マイナーた
ちに報酬を与えることで競争させ、根幹である取引の記録をブロックチェーンとして自立的に
作成させてしまう。その上で、コンピューターネットワーク上だけで成立している仮想通貨
(これもまたビットコインと呼ばれている)を介して、目的としている地球上全ての場所間で
のバリューの管理、取引、決済をローコストに実現した、極めてソフィスティケートされたシ
ステムである。
残念ながら具体的なアイデアがあるわけではないが、ビットコインのシステム設計を見ている
と、BIMの概念をさらにふくらまし、自立してシステム自体が育っていきつつ利用者に的確な
バリューをもたらすAIVSのような仕組みを生み出せるか否かが、建築とICTに関わるものに託
された課題なのではなかろうかと、思ってしまう。
それでは祈ろう。「出て来てくれ、建築界のサトシ・ナカモト!」