Magazine(マガジン)

コラム

A.I.は、都市デザインを根本から変える

2017.07.18

ArchiFuture's Eye                 日建設計 山梨知彦

■A.I.ではまだ、建築デザインは出来ない?
「A.I.が設計をするようになり、建築家の仕事ってなくなるんじゃないんですか?」最近至
る処でこんな質問を受ける。

正直にいえば、そんなことはわからない。A.I.に聞いてほしい(笑)。
でも多分、当分は建築家の仕事はなくならないと僕は思っている。なぜなら、
・多くの複雑な要因の中でつくられる大型の複合開発ですら、実は建築の実現に向けての最
 終的な意思決定に関わる人間はごく少数であり
・その少数によってなされる意思決定は、曖昧かつ不合理で、非論理的であり、
・そのプロセスは、論理的にも、ルールとしても捉えがたいものであり、
建築案を一つに絞り込むプロセスとは、いわばルールブックなき、ゲームのようなものなの
だ。建築の設計とは、A.I.の明晰な思考回路ではとても付き合いきれない、非効率的で人間
臭い、演歌な仕事だと思っているからだ。

だから、建築設計でA.I.化が進みそうなのは、都市部でのテナントビルのボリュームスタ
ディなど、多少パラメータが多くて複雑には見えるが、検討案の良し悪しの評価基準が明確
であるものに限られるのではなかろうか、と考えている。僕自身は、建築分野でのA.I.の利
用研究は初期のボリューム検討に限定し、むしろその他の建築設計プロセスにおいては、
BIMをプラットホームとして、その上で
①  コンピュテーショナルデザイン
②  コンピューターシミュレーション
③  デジタルファブリケーション
上記の3つと人間がどうやってうまいこと共同して、良いデザインにしていけるかを模索し
ていこうと思っている。現在の「ディープラーニング」を備えるようになった第3世代型の
人工知能は、ルールが定められたゲームの中では人間に対して圧倒的優位に立った。だが一
方で、そもそもルールが存在しえない建築デザインの中では、「良い案」という答えを導く
には不向きそうに見える。

■A.I.はアーバンデザインが得意?
では、どの分野のデザインであれば、第3世代型の人工知能はその能力を発揮し得るだろう
か。僕はアーバンデザインの分野こそが、その本命だと思っている。

先ず身近なところでは、民間主導の大型複合開発におけるマスタープランづくりだろう。
極端に言えば、現代の大型複合開発のマスタープランは、上位の都市計画、交通環境、景観、
風環境などの予見を満たしつつ、いかなる建築的要素を、金融工学的視点から最適な組み合
わせを導くという、パラメータは複雑であるがルールと評価が明確で複雑なゲームとも捉え
うる。まさに人工知能が得意とする分野に見える。

■A.I.でインフラデザインも大きく変わる?
A.I.は、都市のインフラストラクチュアのデザインも大きく変えそうな気がしている。
今までだったらオリンピックのような大きなイベントが来るたびに、メインスタジアム周辺
の駅舎などは、そのピーク来場者予測に合わせて大規模な拡張が成されるのが一般的。つ
くった駅舎がもったいないからと、それを利用すべくマスタープランを描きなおし、駅に乗
降客がオリンピック後も減らないようにしていく、などといったよく考えてみれば主客転倒
的な都市計画も描かれたりもする。
でも今なら、A.I.とコンピューターシミュレーションを使って、イベント開催時の人員流動
を高レベルで予測し、何らかのインセンティブと「乗換案内」的なアプリケーションを使っ
て、人員を既存インフラの中に適切に分散させることで、物理的なインフラの増築をするこ
となく、ピークカットを適切に行える可能性がある。
例えば、あるチケット購入者には「自宅を何時に出て、××線利用、××駅経由で、会場に
××ゲートに×時頃にアクセスしていただけたら、20%のチケット代をリファウンドしま
す!」的なメッセージを、人工知能を使って個別に送り、大量の人員を細かく制御し、ピー
クカットを図ることは、難しそうな技術とはもはや思えない。さらには携帯ディバイスを利
用した入場者の位置確認情報をここに重ね合わせることで、さらに細かくリアルタイムな人
員制御すら可能に思える。そしてもしこの技術が実現できたならば、それは日常の人員流動
の制御にも間違いなく利用されるはずである。さらに言えば、制御の対象は人員の流動に止
まらず、交通、エネルギーなどへと展開されていくに違いない。
インフラはソフトウエア的にマネージメントされ、そのデザインは大きく変わり、そこでの
A.I.の存在はとてつもなく大きくなるだろう。

■A.I.は、都市のマスタープランを根本から変える
本命は、都市計画自体の変化ではなかろうかと考えている。
20世紀を通して人類が学んできたことは、都市とは計画することが難しいものであり、そし
てたとえ計画通りに建設できても、そこに予想した通りの都市的アクティビティが生まれる
ことは極めて稀であるということだろう。目標設定のために、数十年先を睨んでマスタープ
ランを設定しなければならないものの、実際の都市の変化の方がはるかに早く進むという現
実。また、この状況を捉え、多くの都市プランナーやデザイナーが、タウンマネージャーへ
と転身し、既存の都市にアクティビティの側面から同時多発的に働きかける動きを見せてい
る。都市は、もはや描かれたマスタープランに向けて数十年を費やしこつこつと建設を重ね
るものでないことは明らかだ。都市デザインとは、マスタープランを死守するのではなく、
都市を使いながらそこに絶え間ない軌道修正をかけて民意に即して育てていくことなのでは
なかろうか。こうした都市デザインに対しても、2次元の紙の上に描かれたマスタープラン
では、到底太刀打ちできない。
むしろこれからの都市マスタープランは、BIMのようにデジタルの形状情報とそこに必要な
都市情報が付加された、デジタル都市情報モデルとして構築されるべきであろう。その上
で、基礎的な交通やエネルギーや人流、さらには土地評価額や各種税収入をベースとした都
市経営に至るまでがシミュレーションされるべきであろう。新規の大型計画がもたらすであ
ろう各種インパクトもその上でシミュレーションされ、評価され、誘導されるべきであろう。
そして実際の都市に配された各種ディバイスから読み取った情報は、モデルとの乖離に着目
し、マスタープランとしてのモデルを適切な方向へと絶え間ない軌道修正を加えていく。こ
こで「適切な方向」を指し示すのは民意であろう。もちろん民意とて、必ずしも正しい方向
に集約されるとは限らないので、民意により都市の経営状態がどのように変化しつつあるの
かが、ファクトとして透明化される必要もある。ここまでの役割を果たすことは、二次元の
紙に描かれた旧態依然としたマスタープランでは困難そうであるが、デジタル都市情報モデ
ルと人工知能の組み合わせであれば、可能そうにも思える。
都市計画とマスタープランは、デジタル都市情報モデルのA.I.を介した絶え間ない軌道修正
へと置き換えられるかもしれない。

久しぶりに、SimCityに始まる都市育成シミュレーションゲームの「Megapolis」で遊びな
がら、都市デザインの素人がこんなことを考えてみた。

山梨 知彦 氏

日建設計 チーフデザインオフィサー 常務執行役員