アメリカズ・カップ
2017.08.22
ArchiFuture's Eye ARX建築研究所 松家 克
風にセールが孕み、波の上を滑るように自然の力だけで帆走するヨット。
若き日に大型ヨットでのセーリングを仲間達と楽しんだことがあった。風切音とバウの海面を
滑る静かな音に包まれた一杯のビールの旨かったことを覚えている。これに重ねてハワイの夕
陽を眺めながらのサンセットクルージング。波と風の音を肴に、これまた片手にビールと彼女、
映画のワンシーン……? 潮騒を聞きながら育った私には、自然を実感できる夢のような至福
の時だった。
ところが、同じヨットでも『アメリカズカップ』では趣が異なるようだ。最新艇は、水中に
フォイル=翼が取り付けられ、スピードが上がるとともに揚力で船体が浮上し、海面を滑るよ
うに疾走する。セールは飛行機の翼の形状を取り入れた固定翼。この翼は揚力を前進力に変換
させ、スピードアップを図り、航空機のフラップ的な要素も併せ持つ。風速の3倍以上の速さ
での翼走も可能。時速は風の強さにもよるが、最高速60km以上、90kmにも達し、海面での
クルーの体感は、200kmを超える感覚だという。当然、転覆や衝突などの大事故も起こる可
能性が高い。しかし、自然の力だけで、この高速ヨットを実現させる人間の知恵は、際限がな
く素晴らしい。
ウィキペディア(抜粋)によると、現在、世界で最も有名な国際ヨットレースは、この『アメ
リカズカップ』だという。「ニューヨーク・ヨット・クラブ」建造のアメリカ号が、1851年の
ロンドン万国博覧会の記念行事のワイト島一周レースで、イギリス各艇に圧倒的な差をつけて
大勝した。このレースを観戦していたヴィクトリア王女が、ニューヨーク・ヨット・クラブに
カップを与えたことから始まっている。このカップは、およそ132年の間、アメリカ以外の国
が手にしたことがなく、いつの間にか『アメリカズカップ』と呼ばれるようになった。近年、
無敗記録が破られ、オーストラリアとニュージーランドにカップが渡った。2003年大会では海
の無い国スイスが優勝し、初めてヨーロッパへカップが渡っている。日本は、1992年に正式に
参加を果たしたが、最高位は準決勝迄。参加するチームは、最初に予選を総当りで戦い、勝っ
た1チームだけが、カップを保有するクラブチームと戦い、この『アメリカズカップ』を賭け
たマッチレースに進むことができる。
この国際親善ヨットレースの大きな転機は1983年、アメリカが132年間防衛し続けたアメリカ
ズカップをオーストラリアチームが初めて手にした後、船艇を引き上げて船底を公開した。こ
のヨットのキールには、翼が付けられ関係者を驚かせた。この翼は、風上に帆走する際の帆走
性能を著しく向上させたという。
次の転機は2012年の第33回大会。それまでのモノハル艇=単胴艇同士のヨット対決から、性
能追及の結果、双胴艇のカタマラン艇と三胴艇のトリマラン艇との対決となり、船体設計の頭
脳と技術競争の要素が、より強くなった。第34回大会では、規定内での徹底的な新改造を施し
たカタマラン艇がアメリカズカップに登場した。ヨットの船艇は出場国での建造が義務付けら
れている。船艇は、各国の最新の造船工学・建築工学・材料工学・流体力学・航空力学・気象
学・ヨットマン育成・コンピュテーショナルな分析・解析など、各チームが最先端のコンピュー
タ技術などを駆使し、高度のシミュレーションと知恵の切磋琢磨の塊だという。セールは固定
翼も取り入れられ、水中に突き出た名称をフォイルと呼ぶダガーボートの形状を進化させ、双
胴艇を海面から浮上させて翼走させる。浮上によるカタマラン艇で艇速が飛躍的に向上したと
いう。ボディが海上に浮き上がっている姿勢をフォイリングと呼び、翼走中は波切音しか聞こ
えないという。大きな変革と進化とコンピュータの総合力と先端技術の結果である。併せ、参
加国の威信を賭けたレースの一面も持ち合わせ、別名「海のF1」とも称されるという。
今年の6月、35回目を迎えたアメリカズカップは、ニュージーランド艇の勝利によって決着し
た。ヨットの進化のように自然の力を活かすコンピュテーショナルなノウハウが、巨大エネル
ギーを秘めた黒潮海流での発電や海上メガ風力発電、ソーラーカーなど、そして、なんといっ
ても建築の設計や施工などに応用されていくことを期待したい。