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コラム

BIMの普及に向けた技術経営的視点の必要性

2018.06.07

パラメトリック・ボイス               芝浦工業大学 志手一哉

技術経営(Management of Technology:MOT)の用語に「需要表現(Demand
Articulation)」とういう言葉がある。この言葉を造語した児玉文雄:東京大学名誉教授/芝
浦工業大学名誉教授によれば需要表現は「潜在需要を製品概念として統合化しこの概念を
個々の要素技術の開発項目へ分解するという、2つの技術的活動の動学的“相互”作用」と定義
される。もう少し簡単に言うと需要表現とは「漠然としたニーズを明確な製品概念に翻訳
すること」でありその翻訳とは、「まだ、未完成だが将来の潜在需要を満たす可能性のある
要素技術の利用目的を文章で明確に表現すること」である需要表現の本質は技術開発の方
向を戦略的に誘導することにある。

例えば「A」という未完成の要素技術があるとしようその技術を開発するときに「Aの要素
技術を用いることでこんな良いことがある」とか、「このようなニーズがあるからAという要
素技術を開発する」など、開発の出口を設定するだけでは、未完成な要素技術Aをどのような
順序で開発すべきかを説明したことにならない。需要表現では、「現在の何らかの問題を解決
できるBという製品は、“a”ということや“b”ということができるものである」と文章で表現し、
“a”や”b“の要求の実現は要素技術Aを用いることが唯一の解でありBは誰もが必要だと思う製
品でなくてはならない。“a”と”b“という要求を明確な文章で表現することで、要素技術Aを何
に適用すべきかの開発順序を選択でき要求を満たす条件で技術開発の詳細を開発者に一任し、
かつ複数の開発者に別々に開発させた結果を比較して選択するあるいは融合するなどのマネジ
メントが可能となるこのような技術開発の戦略を担う需要表現は要素技術Aの重要性や将来
性に対する洞察力だけでなく、現行技術の限界に対する認識を理解していなければ成し得ない。
また、要素技術の完成度を高めていくためには「あれもこれも」どんどんやってみることが重
要で、計画的なロードマップは朝令暮改で改善し続けるのが良い。
需要表現は1980年代に造語された概念であり比較的古い歴史を持つ。しかし、技術を戦略
的に市場に投入する考え方は、新しい市場を創造するような分野では、現在でも十分に通用す
ると思う。今をときめくGoogleやFacebookは需要表現の枠組みでケーススタディできる事例
ではないだろうか。
この需要表現を例えば、建築プロジェクトの生産性向上を後押しする新しいサービスを創造す
る際に、BIMを未完成の要素技術と見立てれば、どのような需要表現ができようか。筆者の浅
はかな経験では、「建設現場の省人化に寄与するための建築資材をプレ加工するロボットは、
図面を介さずに加工情報を設計データから引き出すことができるものである」とか「建設工事
を無駄なく遂行するための方策は、施工に先立って建物を建設できるものである」などと思い
つくが、BIMの達人たちはもっと素敵な需要表現を考え出すに違いない。BIMの勢いが感じら
れる今だからこそ、BIMの普及戦略について考えてみる必要があると思っている。
 
参考文献
児玉文雄「技術経営戦略」オーム社(2007)

志手 一哉 氏

芝浦工業大学 建築学部  建築学科 教授