BIMと右脳と左脳
2018.06.12
ArchiFuture's Eye ARX建築研究所 松家 克
「デザイン&BIM」を「右脳&左脳」から考察してみた。
振り返ってみると、物心がついた時には既に利き手が左手となっていた。成長過程で多くの右
利き道具類や事象を左手で使い熟し、筆記・習字やギターは右手、野球やゴルフ(考えた末)
は左手、包丁は左手、デッサンは両手、とバランスよく左右が使えるようになった。このこと
から器用に見えたらしい。科学や統計的根拠はないが、通学していたムサ美には、何故だか左
利きが多かった。前述の右利き用道具や事例には、日本文字・漢字・英文字・アラビア数字・
習字などの書き順、デジカメやVTRカメラのスイッチが右手側、横に取手が付いている急須で
右手でしか使えないもの、ハサミや包丁の刃、サバイバルナイフ、一部の缶詰のオープナー、
右手で捲る本の綴じ方、ゴルフクラブ&コースのレイアウト、釣具リールのハンドル、ピアノ
曲、バイオリンやギターの右手優先の弦の位置など、右手優位事例の枚挙には暇がない。不思
議なことに大工道具は、左右のどちらが利き手でも使えるものがほとんどである。ものづくり
の大工さんは、左利きが多かったということだろうか。
“頭脳向上研究会”によれば、右脳と左脳では役割が異なるという。脳は真ん中に脳梁と呼ばれ
る連絡橋の働きをする神経線維があり、これにより右半球と左半球に分かれている。右半身は
左脳、左半身は右脳が命令を下している。これは、大脳と体の各部分をつなぐ神経が延髄のと
ころで交差していることによるという。脳梗塞などで右脳がやられると、左半身と言葉が不自
由になるのはこのためだ。
左脳は、読む、書く、話す、計算するなどを担うため、言語脳、論理脳、デジタル脳などと呼
ばれる。人間の知性の源といえる。片や右脳は、映像の認識、空間認識、イメージの記憶、直
感・閃き、全体的な情報処理デザインや音楽などの感覚的な活動などを担うため、イメージ脳、
感覚脳、アナログ脳などと呼ばれる。只、左脳と右脳の優劣はつけがたく、一般的には幼少期
は右脳が優勢で、その後、左脳が挽回し、最終的には左脳が右脳より優勢になることが多いと
いう。とは言え、右と左のバランスが重要であり、別々には働かないらしい。相互の関連づけ
を図ることができれば、それぞれの相乗効果が期待できる。今の学校教育では、主に左脳の鍛
錬が中心であり、右脳を鍛える機会がかなり少ないのが現実だという。勿体ない。
“音楽は右脳”これは、今までのほぼ定説だという。しかし、音楽を聴くと右脳だけでなく左脳
も活性化する。最近の研究では、音階や歌詞を聞くだけで左側頭葉の聴覚野や言葉を聴く時に
中枢の一部も活性化されることがわかってきた。また、音楽を聴くと、体を動かさなくても運
動をつかさどる小脳が活性化することが確認されている。さらに、楽譜を見ながら演奏をする
時は、後頭葉の視覚野や頭頂葉の運動野や前頭葉も使われるようになるとのこと。このように
音楽は右脳だけでなく、脳をフルに活用している。
同様にBIMやCADなどでデザインを進めるときには、左脳思考でツールを論理的に使い、右脳
思考でデザインを進めているようだ。感覚と理性的な要素のバランスをとりながら作業をして
いるのかもしれない。言い換えれば、右脳と左脳のバランス感覚が音楽を聴くときと同様に重
要といえる。相互間のやり取りで結論を導くことも当然想定でき、感覚と理論の両方が必要と
考えられる。どこか、前述の音楽を聴いている時に似て脳をフル活用している。BIMやプロ
ジェクションマッピングなどは、右脳と左脳のコラボレーションの結果といえるのではないか。
拡大して考えてみると「チームラボ」や「ライゾマティクス」のクリエイティヴな活動は、
チームで右脳的と左脳的な役割を担って進め、併せ、右脳左脳がフル活動している感がある。
創造の原点は、新たな思考に基づく閃きだ。研究によると“閃く”時と“ボォー”としている時の
脳の働く領域が類似しているという。小生は、朝風呂の “ボォー”としている時に閃くことがあ
る。ウィキペディアなどを借りれば、この活動はワシントン大学医学部のレイクル教授よって
発見され研究されたという。脳の血流量の変化を可視化すると、何もしない安静時にのみ、活
動が活発になる脳の領域が複数存在し、互いに同期することが明らかになった。この現象を“デ
フォルトモードネットワーク”と呼び、脳科学においては、この“ぼんやりしている”時の脳活動
に大きな注目が集まっている。人間の脳は“とくに何もしていない”時に極めて重要な働きをし
ていることが分かってきたからだという。併せ、視覚や全身の臓器から脳に入ってきたメッ
セージ物質による情報は、それぞれ独自の新回路を歯状回で次々に新細胞を形成する。人は、
他の動物と異なり90歳くらいまで、脳で新細胞を形成することが解って来たという。片やスー
パーレコグナイザーとは、普通の人より人の顔が覚えられる人のことだとか。認識率は、AIよ
り格段に高いという。脳のどの領域が働いているのか、興味深い。
脳は、体の全ての部位から送られてくるメッセージを受け取り、身体全体をバランスさせなが
ら分析と判断をし、指令を出しているのではないかという。「人体-神秘への挑戦-」が、6月
17日まで国立博物館で開催されている。このイベントに触れた朝日新聞の天声人語によれば、
脳科学の研究は、物理学と比較すると15、6世紀あたりだとのこと。まだまだ未開拓であり、
脳の発達・発展と開発の大きな余地があるということだろうか。
EdTechについても少し触れたい。今の子供たちの右脳と左脳の発達に関連すると考えられる。 EdTechとは、ICT技術を駆使して、従来の教育の仕組みやビジネスモデル、学習方法などを革
新させる狙いだという。「Education=教育」と「Technology=技術」を組み合わせた造語で、
インターネットやICT技術を活用して教育を提供できる点が、これまでと大きく異なるのだと
いう。幼児期からの教育手法にも応用されつつあるという。しかしながら、片やアナログであ
る手の感触は、脳に送る需要な信号の一つであり、右脳と左脳の発達促進につながる。手で描
くデッサンやクロッキーは、対象を視覚で捉え、手の感触で立体を表現し、空間を掴み、光と
重力の流れも感覚でとらえ、手の感触で脳に伝え、脳が分析判断し、再度、手を動かす感覚に
フィードバックする。この繰り返しにより、右脳と左脳の刺激が脳の発達を促すのではないだ
ろうか。これにより“感”が養われ、スキルが向上するのだろう。BIMの作業の進め方にも似て
いる。
私が関係する武蔵野美術大学では、東京工業大学と合同授業実施や研究協力推進、施設の相互
利用、学生交流などを含む教育研究に関する協定を2013年に締結した。教育研究交流を通じ、
「論理的展開力を持ったアーティスト育成」「デザイン感性をもったエンジニア育成」を目指
している。毎年7月に、両大学の合同ワークショップ「コンセプト・デザイニング」を実施。大
学混合編成で進められるグループ型造形ワークショップで、相互の専門性を活かした力の補完
と異分野コミュニケーションを目的とし、グループごとにコンセプトを構築し、最終的には簡
単な造形デザインを作り、プレゼンをする。化学・理工系の学生と美術系の学生が一同に会し、
それぞれの特徴を生かした発想や発見に右脳と左脳が刺激を受け、創造性に結び付けるのが狙
いである。パナソニックやNEC、ベンチャー企業などの中では、社外留学を実施している。山
に登る、留学する、旅行するなどと同じく、右脳と左脳が活性化させているのかもしれない。
Archi Future 実行委員で前回のコラムに「iPadでスケッチを描きつつBIMについて考えた」を
執筆された山梨氏は、芸大から東大。金田氏は、構造家と芸大、と右脳と左脳をフル活動させ
ている。
最後に朝日新聞のGLOBEによると、ダビンチ工房にヒントを得たといわれる「MITメディアラ
ボ」の副所長の石井裕氏は、求める資質は、「独創的な発想ができ、きちんとアイデアを形に
することができ、さらにアート、デザイン、テクノロジー、どの分野でも楽しみながら異文化
コミュニケーションできること。」であり、併せ、「2200年を生きる人たちに何を残したい
かを考え、形にする。そのとき重要になるのはアートや哲学だ。」と述べられている。手前み
そになるが、武蔵野美術大学は、2019年4月からアートとビジネスを融合させた新学部:造形
構想学部を市ヶ谷で開講する。右脳と左脳をフルに鍛え、ビジネスのスタートアップを目指す
若者を育て、次世代のスティーブ・ジョブスを誕生させたい。挑戦的ではあるが、良い成果を
期待している。