Magazine(マガジン)

コラム

デザインのゴール設定の数値化

2018.06.28

パラメトリック・ボイス       ジオメトリデザインエンジニア 石津優子

「AI」「クラウド」と同じように注目されている「内製化」ですが、構造設計や設備設計に
比べて意匠設計においてはデザインシステムの内製化が難しい印象を受けます。意匠設計の
デザイン研究開発こそ、内製すべき内容じゃないかと思われる方も多いかもしれません。し
かし、大きな企業で新しい技術に対して、アウトソーシングから内製化へ向かう道のりは内
製化のメリットをはっきりと提示できるかどうかが重要です。アウトソーシングの利点はこ
こで改めて言及する必要もないのかもしれませんが、自社に持たない新しい技術を専門性の
高い技術提供先へ頼み、信用度の高い技術を早く導入できることにあります。一方で、内製
化のメリットは知財の流出を防ぎ、知見を蓄積できることや、何よりも会社独自のニーズに
的確に答え素早い対応ができるところにあります。ただ意匠設計のデザインシステム開発の
場合、知財の面でも内製にした方がよいことは理解できますが、なかなか進みません。なぜ
ならアウトソーシングや内製化のどちらに関わらずコンピュテーショナルデザイン、BIMは
じめデザインシステム開発の導入効果を判断するための評価基準が定まらないからです。

それは、建築では形状と空間の概念を合わせ持つ「アーティキュレーション(Articulation)」
に美学が生じるところにあります。構造や設備はゴール設定が数値化でき、意匠設計の場合
はゴールと目標を数値化自体が難しいところに起因するのではないでしょうか。例えば、構
造設計技術開発に関して言えば構造設計者とシステムを作る人が目標設定からゴール設定ま
で条件においても数値で会話していることに気づきます。一方で意匠設計の場合、システム
を作る人は「ジオメトリ」、意匠設計者は「現象」で語ります。つまり、システムを作る人
はそこを翻訳して意匠設計者の意図をジオメトリに変換するという読み解きが入ります。空
間内の座標軸で表現される「ジオメトリ(幾何学)」という定量はあり、「ジオメトリ」は
意匠設計者において重要な道具ではありますが、意匠設計者は「ジオメトリ」で会話するこ
とはありません。周辺敷地に対しての影響であり、空間であり、場、またはコミュニティや
インタラクションなどを語ります。つまり、ゴールも目標も両方ともに数値ではないのです。
建物が建つ場所と関係のある人たちから構成された空間と空間の「アーティキュレーション」
をデザインし、合意形成のためにジオメトリを用います。それが故に翻訳を有したジオメト
リに対して開発に着手するのですが、翻訳に対する議論がプロジェクトチーム内部でさえな
かなか収束せず必要な環境整備に時間や労力を投資できません。

一般的な工業製品はデザインの違いが、製品の価値にあることを消費者は受け入れています。
例えば、車の車種ごとのデザインや仕様によって値段が変わることを不思議に思うことなく
過ごします。デザインと経営というキーワードがよく取り上げられますが、製品の場合はデ
ザインの過程で消費者であるターゲットを決め、売上のデータを基に、ターゲット層と実際
の購入者の層のずれなど、データ化して分析します。そのことでデザインを数値化して客観
性を持たせながら判断することで同じ製品に対してデザインのフィードバックをかけること
ができます。ゴールと目標がどちらも数値化されているからです。建造物でもビックデータ
やAIによって空間がデータ化される日は近いので時間の問題かもしれません。ただ現段階
の意匠設計において、いかようにパラメータを増やして、与条件を増やして高度な解析をし
ても、意匠設計者の本来のミッションや関心は与条件を満たすところにありません。建築の
デザイン性がどこにあるのか、何が人を惹きつけるのか、心理的な部分が数値化されて初め
てデザインシステム開発の有用性を語れるのかもしれません。

しかし建築が持つ本来の意味でのデザイン性に直結しなくても複雑なプロジェクトや大きな
プロジェクトでは与条件をクリアすること自体が迷路のようで難しく、それをプログラムが
解くことで人の手ではできない解決策を提示してくれることは多くあります。効率化や合理
化をプログラムに任せることで意匠設計者の付帯作業を減らし、主作業であるデザインに時
間を割き注力してもらう環境整備も可能です。また繰り返し作業など、心が疲弊する作業を
プログラムに任せることも大きな役割を果たすでしょう。こうした働き方の改善が、個人の
創造性を高め、新しいことへ挑戦する意欲を与えると信じて、建築系プログラマは画面に張
り付きながら時間を忘れて働くのかもしれません。

  3軸のジオメトリ特性のデータ可視化

  3軸のジオメトリ特性のデータ可視化


 多軸のジオメトリ特性のデータ可視化

 多軸のジオメトリ特性のデータ可視化


 3D上のジオメトリ特性の可視化

 3D上のジオメトリ特性の可視化

石津 優子 氏

GEL 代表取締役