先端技術と闇のトンネル
2018.07.26
ArchiFuture's Eye ARX建築研究所 松家 克
西日本豪雨の広域激甚被害、タイ洞窟遭難と救助、サムライブルーの大活躍、ICT講演者や警察
官を巻き込んだ事件、トランプ大統領と金正恩朝鮮労働党委員長との史上初の首脳会談、大阪
北部地震などと数々のニュースが、6月7月と連続し、記憶が希薄になっているが、この6月、
新幹線で痛ましい殺人事件があった。これは、閉鎖的で逃げ道のないトンネル状空間での事件
である。この以前には、新幹線の車軸亀裂事案もあった。
元来、夜の新幹線と飛行機があまり好きではない。そこで、この事件・事故をきっかけに、何
故? 苦手なのか、自分の心理を探るとともに最新技術とハード・ソフト対応で好きになる策が
可能なのか、考察してみた。
まず、最初に思い浮かぶのは、操縦もしくは運転する人の顔と挙動が見えなく、逃げ道がない
不安。飛行機は「見える化」対応で離発着時に操縦席の映像を見せるが、もしもの時は、だれ
が責任者なのか、何故事故が起こったのか、状況を瞬時に知り、次に備えたいと願う。併せ、
命を託した人の顔が見えなく、逃げ道もなく、外が暗く閉塞感が強い空間に長時間居続ける恐
怖と不安感。これに加え、夜の新幹線で周りを見回すと黒いスーツのビジネスマンが、スマホ
やPCを横に眠り込み、このシーンの中での独特のエンジン・走行音の変化などが、不安心理を
増長しているようだ。海外での設計業務もあり、それなりに飛行機と新幹線の利用経験がある
が途中で飽きることとも重なり、未だに落ち着かない。併せて、今回のような事件が起こると
益々嫌悪感が大きくなるが、高所やスピード、揺れなどへの恐怖や嫌悪はあまり感じない。
日本の先進技術や他分野からの提案も含めて“眠る”以外に飛行機や新幹線での前述の不安感を
払拭する方法がないだろうか。只、SFのようにカプセル内で目的地まで眠るのも一興かも。併
せ、事件・事故・テロを含めた対応と、ましてや2027年開業を予定のリニア新幹線では、暗闇
のトンネル内走行が予定され、これらの不安感軽減は、マスト条件となると考えられる。
悲惨な事件後に新聞報道された対策案には、警備のプロの巡回やテロ対応訓練などによるソフ
ト充実や人的強化、抜き打ち検査、車内改札、スーツケース専用保管場所などの提案が見られ
た。車軸亀裂事故後は、熱センサーが増設されつつあるともいう。充分だろうか。地震国であ
る日本の地震対応技術の進歩も目覚ましいと聞いている。ICTだ、AIだ、IoTだ、CADだ、BIM
だ、と騒いでも防犯・防災・防備・おもてなしなどにも応用が出来ないとその存在意義も薄れ
る。
そこで、思いつくままに素人アイデアを追加すると、テロ対策には荷物検査を一つ一つではな
く、車内のスーツケース専用保管場所や改札通過時に集中し、検知・検査できるAI連動による
危険物センサーの開発。加えて、地震などの緊急時にロボットとAIを駆使した来日外国人への
多言語インフォメーション。ヨーロッパへの夜行飛行中にロシア上空でオーロラを長時間に亘
り楽しめたことがあった。飛行機では既に実現している各席に画像情報メディアを新幹線にも
装備し、グランクラスの一部などで、外部の景色映像や音楽などで閉塞感を和らげるのはどう
だろうか。併せ、完全ではないが、海外の検疫感染症流行地域の旅行者には、空港の赤外線
サーモグラフィー装置で高熱を発しているかどうかを予防処置とはいえ検知している。この応
用で、持ち物や不審者の集団での検知が出来ないだろうか。人は、重いものを持った時や老若
男女により歩き方が異なり、個人差があるという。これらのデータを基に不審者のビッグデー
タと防犯カメラ、AIにより、不審な荷物や人の発見。床埋込みセンサーによる行動パターンと
顔認識・監視システム、キャリーバックに履歴が付いたマイクロチップの取付、金属探知機、
臭気探知機、ロボット巡回。あるいは、オフィスのセキュリティチェックのICカードの発展系
で乗降時チェックが出来ないだろうか。
JR東日本の新幹線では、「REXS」と呼ぶレール交換システムの作業列車が活躍を始めている
という。在来線では、20年度までに線路の状態をICTとAI等の先端技術を活用し遠隔監視でき
るモニタリング装置の実用化に目途をつけ本格導入を予定。この装置は、営業列車の床下に搭
載され、レールにレーザーを照射して線路のゆがみを測定し、そのデータを保線技術センター
に伝送する。カメラにより、レールとマクラギを固定する金具の状態、レールをつなぐボルト
の状態などを撮影し、線路保守の分野でビッグデータ分析によるメンテナンス手法の導入を
図っている。在来線営業列車に測定装置を搭載し、線路状態を遠隔で監視する技術の実用化は
国内初。駅構内で重い荷物を運んでくれるロボットの導入も視野に入れているという。オール
ジャパンでの防犯・防災・防備・おもてなし分野の開発余地はまだまだありそうだ。
この6月、中国の家電・技術見本市「CESアジア」で雲従科技は、AIを使って顧客の顔を認識す
る飛行機チケットの発券システムを展示したという。併せ、中国メディアによると、中国の警察
官が警備のため「顔認証カメラ内蔵メガネ」を装備したともいう。中国は犯罪対策として、人工
知能を使った大規模な都市監視ネットワークの構築を進めている。仕組みは「グーグル・グラ
ス」に似たメガネ型端末で歩行者の顔の画像データを取り込み、データベース化された不審者リ
ストとスマホなどと連動し照合。短時間で問題のある人物かどうかを判断する。既に犯罪者も摘
発されている。監視網の強化は、駅に限らず中国の都市の各所にAIと連動した監視カメラが設置
されているという。こうした情報は住民の監視にも利用されるとみられ、米国の人権団体などか
らは批判も出ている。
一方、日本では、ドコモと警視庁が渋谷で数時間先までの人出を10分単位で予測出来るシステ
ムを試用中だという。タクシーの需要を予測する技術の応用。併せ、政府は、2025年までに
ICTやAI、ビッグデータを扱う「先端ICT人材」を年に数万人育成を目標とする「統合イノベー
ション戦略」を、6月14日に発表した。遅いとの感があるが、やっと本腰を入れ始めたといえる。
このICTやAIは目に見えない。先に触れた新幹線や飛行機での飛行・走行責任者の顔が見えない
ことにも通じる。そこでNECのAI開発では「見える化」を含め、何故そうなったのかを判断出来
る「ホワイトボックス型」を目指しているという。「分析」「対処」という領域で、先進のAI技
術を駆使した新たな社会価値を創造すると表明している。期待が膨らむ。
最後に、夜の新幹線は嫌いだが工業デザインを手がけるドイツのノイマイスターのデザインによ
るJR西日本の新幹線500系は好きだ。この車両は、速度性能が優れ、各種の新開発の技術があっ
た。軽量化と高強度化を両立すべく、アルミニューム合金のハニカム構造を車体に採用。フクロ
ウの羽根の構造にヒントを得た「翼型パンタグラフ」も開発され、F1で蓄積された空力技術の
応用も含め騒音低減が図られた。車両の製造費が高価であったなど問題もあり、製造中止となっ
ている。新たに2020年のデビューを目指す新型車両N700Sが、全線試験走行を始めたという。
13年ぶりのフルモデルチェンジだというが、停電時でも安全な場所まで自走可能なリチウムイオ
ン電池を搭載している。これに加わる新技術を熱望する。私の親父は、戦時中に海水からリチウ
ムを回収する命を国から受け、東京から転々とし、パンダでも知られるようになった南紀白浜の
海と温泉に辿り着いている。生きていたらリチウムの有用性の評価を喜ぶに違いない。
現在、東京では、「悪」をテーマにしたアート展やイベントに人気があるという。新幹線や飛行
機、リニアの「出口の見えない闇のトンネル化」が「悪」とならない努力を根気よく続けて欲し
いと願っているが、「悪」でも人気が出るか。