イオ・ミン・ペイ氏を偲んで
2019.06.14
パラメトリック・ボイス 清水建設 丹野貴一郎
先日、建築家のイオ・ミン・ペイ氏がお亡くなりになりました。102歳でした。
氏の作品は幾何学的な形状が特徴です。幾何学的な形状というのは自由な形状よりも理解は
しやすいのですが、それゆえに誤差が目立ちやすくなります。
例えば、グニャグニャの建物は本来の形と多少異なっていても気付きにくいのですが、四角
い建物が歪んでいると誰が見ても作りが悪いなと気付くものです。
私が氏の作品に携わった時もその形状をいかに守れるか、精度良く建てられるかということ
に注力しました。
建物の精度には大きく3段階あると思います。
ひとつめは、コンピューターのなかで形状を作成し図面化する時の精度です。
これは3DCADやBIMを扱っている方ならわかると思いますが、建物というのは3次元で存在
するので、XYZ軸の数値がいい加減だと3次元の座標が取れなくなります。
2次元のCADで図面を描いている時は、多少それがずれていても交点が存在し座標が取れる
ため、案外いい加減に描かれているCAD図というものも存在していました。
手描きの時代はそもそも1/10mmですらアバウトに寸法をとっていたこともあるでしょうし、
実際に物を作る際も1/10mm単位の検査しかしなかったりするで、現実的にはそれほど問題
にはならなかったと思います。
これが3次元になると、そのソフトの精度以上のズレが有ると交点が存在しなくなり、作図そ
のものができなかったりします。
個人的な考えでは、ここで限りなく0の精度にこだわれるかどうかというのがコンピューター
で3次元を扱っていく特性のように感じます。
ふたつめは、製品を作る時の精度です。
現代の建築というのは多くの構成部品が工場で作った製品を現場で組み立てて成り立ってい
ます。つまり、この製品が精度良く作られていないと、いざ組み立てても思い通りの形にな
りません。
製品は、そもそも作れる形かどうかという事と、その形が正しいかどうか検査ができる事が
重要です。例えば曲がった鉄骨梁を作る場合は、曲げられる限界や、溶接したときの歪など
を考慮して形状を決めていく必要があります。
この検討にはそれぞれに専門的な知識が必要となり、その知識をいかに集約して考えられる
かで製品の品質が決まっていきます。
また、複雑な形状の製品の場合は、正しいかどうかの検査が非常に難しくなります。
全ての製品を3Dスキャナーでとって3Dモデルと比較することができれば良いのかもしれ
ませんが、まだこれには膨大な費用と時間がかかります。
そこで、どのポイントを計測することでOKとなるかを考えることが重要になり、計測ができ
る形にしておくという事も必要になってきます。
最後が、現場で施工する時の精度です。
おそらくここが最も難しく、また、日本が圧倒的な品質を出せるところでは無いでしょうか。
実際、イオ・ミン・ペイ氏もここを非常に高く評価されていました。
建設現場のように毎回異なる条件の中では、どのように運んできて、どのように組み立てる
かというのは工事業者やゼネコンが知恵を絞るところです。
取り付け前の墨の出し方や、取り付ける際の計測の仕方、これがしっかりと計画されていな
いと、いざ現場に製品が来てもうまく行かず、現場で調整を繰り返したり、場合によっては
とりつかない製品を持って帰って加工することになったりします。
3次元的に計測できる機械も多くありますが、事前に計画がなされていないと結局何の役に
もたたずに終わってしまう事になったりします。
BIMは形状を3次元的に見ることができるため事前に検討をしやすくし、この3次元から正確
な座標を取り出せるツールです。
デジタルファブリケーションやデジタルコンストラクションというのは、実際に物を作る前
に、これら3つの工程に関して総合的にコンピューターの中で検討を重ねられるというメリッ
トを最大限に活かすことでは無いでしょうか。
よく言われていますが、コンピューターは魔法の杖ではありません。BIMやAIも使う人が理
解し、しっかりと検討を重ねなければ良いものを作ることはできないのだと思います。
日本でイオ・ミン・ペイ氏の建築が見られるのは滋賀にあるMIHO MUSEUMです。行かれる
機会があれば、繋ぎ目なく美しくつながっているスチールパイプのフレームや、真っ直ぐに
通った大理石の目地に注目してみてください。この品質で作り上げた日本の建築技術に自信
が持てると思います。