BIMは正確すぎるか
2015.09.24
パラメトリック・ボイス 竹中工務店 石澤 宰
打ち込みプレートがない、配線が入っていない。「ない」側にいろいろ指摘を受けがちなBIM
ですが、「BIMは正確すぎる」と言われたこともあります。いろいろ考えた結果、それもまた
真という結論に至りました。BIMモデルが示すまったくその通りに施工される要素は一つとし
て存在しないから、です。
梁は重力でたわみ、床の左官には凹凸があり、壁のボードも完璧に垂直ということはない。
BIMは基本的に設計寸法に対して忠実であって、そのモデルしたままの寸法で施工される建物
は存在しない。建物は「曲がりまっすぐ」、そのうえでどうするかが勝負です。とりわけシン
ガポールでは、周辺国からのワーカーがたいへん多く熟練者が少ないため、「遊び」寸法のよ
りシビアな見極めが必要です。
似て非なる話として、モデルは物理的に納まっているのに機能しない、というケースもありま
す。工具が届かない、取り換えできない、電波が干渉する、などなど。いずれも適切な「逃げ」
を設定しておかなければなりません。
ところで近年、FuzorやLumion、Reviztoなど、モデルをリアルにプレゼンテーションできる
ツールが充実してきました。光や水面、樹木や歩行者などまでリアルに見せることができ、同
じモデルでも見た時の印象は格段に変わります。Gamificationの恩恵です。
こうしたソフトでBIMモデルを見ると何が起きるか。近寄るとあちこちにこうした「遊び」や
「逃げ」の寸法がリアルに見えてきて、ときどき指摘を受けます。なぜここはスカスカなのか、
ここを詰めればもっと天井は高くなるのではないかと。実際には必要、でも物理的に何もない。
こうした時に初めて気づきます。同じモデルを見ていても同じように見ている人は一人もいな
い。私にとっての赤色とあなたにとっての赤色が同じかどうかわからないクオリア問題 *1の
ようです。
思い出すのは入社1年目、現場に出ていた時です。短工期かつ複雑な工事の最終段階、床仕上
が始まると聞いてがんばってスペースを空けて、完了報告しようと思ったら間髪を入れずに次
の資材がそこに積まれていたときのあの感覚。たしかに空いていました。ロープでくくって張
り紙でもしておけばよかった。
こうした空間には特別な表現をすべきか、難しいところです。モデルを大きい側に合わせて作
ると積算したときに欲しい数量が出ません。ダミーのモデルを置いておくこともでき、これは
場合によっては有効ですが、操作によっては邪魔になってしまいます。
図面上では、この種の問題点は書き込みで解決できます。将来対応スペースは点線表記して文
字で補っておけば伝達ができます。施工誤差は、一般図では線幅に吸収されて見えないように
なっており、詳細図ではカッコ付きで場合分け表示することができます。記号表現としての図
面では、その図面の表現内容が意味的に明確になり、しかしその分たくさんの異なる図面を作
る必要が生じました。
「だから図面のほうが優れている」という主張もありうると思います。しかしホログラムまで
あと一歩の世の中、時代の趨勢はより現実志向でデータリッチな方向に向かいます。そもそも
こうした「誰にでもわかりやすい」という要素はBIMの真髄です。BIMは実形・実サイズ・実
空間をベースとしているので違った工夫が必要ですが、何かあるはずです。メンテスペースに
は隠しオブジェクトを作っておいて触ると警告が出るようにしておくか?施工精度を表現する
ために敢えて表面を荒らすアドオンを作ってみるか?こうした広い意味でのSemantic
Enrichment *2、「意味情報の充実」は3Dデータの注目トピックのひとつです。
しかしひょっとして、ロボットがプログラム通りに施工を始めて、施工精度や手順管理などと
いう人間が作るがゆえの議論が過去のものになってしまうのかも。どちらが先なのでしょう。
*1 クオリア問題
*2 “Semantic Enrichment for Building Information Modeling”, Belsky, Michael; Sacks,
Rafael; Brilakis, Ioannis, 2015 など