バークレーからの学び①:自然と繋がるための
環境シミュレーション
2021.11.18
パラメトリック・ボイス
明治大学 / 川島範久建築設計事務所 川島 範久
東日本大震災を経て、「サステイナブル建築デザイン」というものがわからなくなり途方に暮
れていたとき、大学時代の先輩に誘われて、東京で2011年6月に開催された国際ワークショッ
プ「ARCHITECTURE.ENERGY.2011」に偶然参加することになった。このワークショップの
オーガナイザーはカリフォルニア大学バークレー校(以下、UCバークレー)教授のデイナ・
バントロックで、同大学教授でありロイソス+ウベローデ(LOISOS+UBBELOHDE,以下L+U)
という建築環境デザイン事務所を主宰するスーザン・ウベローデとそのパートナーのジョージ・
ロイソスが主な講師だった。
バークレーは、UCバークレーとローレンス・バークレー国立研究所(以下、LBNL)があり、
建築における省エネルギーと快適性向上の実現のための具体的な方策とそのシミュレーション
手法に関する研究が、世界でもっとも進んでいる場所のひとつだ。LBNLは、これまで環境解析
のためのソフトウェアをいくつも生み出してきており、近年の代表的なものとしては、光環境
シミュレーションのソフトウェア「Radiance」がある。また、エネルギーモデリングのソフ
トウェア「EnergyPlus」の開発にもLBNLは大きく貢献した。どちらもオープンソースとして
公開されているのが特徴だ。そして、L+Uは、これらのソフトウェアを駆使して建築環境デザ
インの実践を行ない、実践でのフィードバックによってソフトウェアを進化させたり、自らも
解析プログラムや評価指標を開発するといった、ユニークな事務所だ。
彼女らは、原発事故以降の日本では、建築における環境・エネルギーの重要性は一層増してい
くという認識のもと、カリフォルニアのサステイナブル建築デザインの手法を日本の未来のた
めに伝えたいという思いから、日本における若手建築家向けのワークショップを企画・開催し
たのだった。そこで、私は、彼女らによるレクチャーやワークショップに参加しているうちに、
彼女らのもとで学び直し、サステイナブル建築デザインについて改めて考えたいという希望が
湧いてきた。そこで翌年には日建設計を休職し、UCバークレーに客員研究員として留学し、
デイナの元で研究活動をすると同時に、L+Uの元で設計手法の修得と実践活動を行うことに
なった。
L+Uが提供するサービスは、①建築デザイン、②昼光利用・シェードデザイン・照明計画、
③省エネルギー計画・再生可能エネルギー提案、④ハイスペック・ファサードデザイン、
⑤サステイナビリティコンサルティング・LEED認証サポートのおもに5つである。提供サービ
スのひとつ目に建築デザインを掲げていることからもわかるように、L+Uは建築環境コンサル
タントである前に建築家である。実際の建築設計には、敷地条件、施主要望、予算等のさまざ
まな条件があり、環境条件だけで建築を設計することは不可能だ。また、建築のアイディアが
生まれていくプロセスは必ずしも線形なものではない。そのような建築設計のプロセスのなか
で、実現したい空間・環境をめざして、最先端の解析技術を駆使し、反復的に解析とオルタナ
ティヴな提案を行なっていくという、デザインとエンジニアリングの両方のアプローチの統合
を試みている点が、L+Uの特徴と言えるだろう。
私は、L+Uで解析・フィードバック手法を学びながら、実際の設計プロジェクトも進めた。そ
こで気づいたことは、ソフトウェアを用いた環境解析は、必ずしも数値目標を達成するためだ
けのものではないということである。光・風・熱・エネルギーといった環境事象を、ソフト
ウェア等を用いてヴィジュアライズし、設計にフィードバックする感覚は、設計者がスケッチ
や模型やCGを作り、案の現状を把握し、次のスタディへフィードバックするのと非常に近しい。
もうひとつ、L+Uから学んだ重要な点は、快適な温熱環境または光・視環境を少ないエネルギー
で実現するために、機械設備に頼る前に、自然のエネルギーを最大限活用すべく環境シミュ
レーションを駆使しているということである。L+Uによって開発・提案されたThermal
Autonomyという指標は、年間の温熱環境評価のための指標であるが、年間在室時間のうち、
空調機を用いないでパッシブな手法のみで達成される快適時間の割合を評価するものだ。また、
L+Uが昼光利用デザインの評価の際に用いているDaylight Autonomy(DA)という指標も、年
間在室時間のうち、昼光だけで目標照度を達成できる時間割合を評価するものである。これら
はともに365日24時間変化する自然との「繋がり」を評価するものであり、これらはコン
ピュータを活用してこそ計算可能なものである。
コンピュータを用いた環境シミュレーション等の技術は、自然との繋がりを適切にデザインし、
デライトフルな環境を構築するためにこそ活用すべきなのではないか。この気づきは、その後
の私の建築環境デザインのスタンスを決定づけた。