乱数とコンピュテーショナルデザイン ~その3・
階層性/連続と離散の統合~
2022.02.01
パラメトリック・ボイス
コンピュテーショナルデザインスタジオATLV 杉原 聡前回のコラムでは乱数の利用方法には様々な種類があり、設計者はそれに意識的であるべきと
述べたが、今回は乱数を適用するレベル、階層に応じた生成される形態の違いについて述べる。
形態の階層性について考えるために、以下では筆者が考案する時階層エージェント・アルゴリ
ズム(Clock Stack Algorithm)を用いて例を示す。エージェント・ベース・モデルにおけるエー
ジェントは通常、体内時計を内部に保持して自身が生成されてからの時間を計測し、時間に応
じた動作を行える。時階層エージェント・アルゴリズムにおけるエージェントは階層化された
複数の体内時計を持ち、秒・分・時のように下層の時計が定められた周期が進むのに応じて一
つ上層の時計の時刻が進められる。そして毎秒ある動作をし、毎分、分が一つ進むごとに別の
動作、毎時時間が進むごとにまた別の動作と言うように、時計の階層ごと、またはその組み合
わせでエージェントの動作が定義される。
その動作によって階層的なグリッドが生成される例を図1aに示す。第1層の時計が1つ進むごと
にエージェントは直進し、その周期(4)に達すると、第2層の時計が進められ、その時に
エージェントは90°回転する。第2層の時計が進められると第1層の時計はリセットされて時刻
が0になり、また直進を始める。それを4周期繰り返すと、第2層の時刻は0、1、2、3と遷移
しながら正方形(橙の矢印の箇所)が描かれる。また第1層の周期に達しなおかつ第2層の時刻が
0である時に第3層の時計を進め、その時に直進方向に分岐し、第1、2層の時刻を0にリセット
すると2つ目の正方形が描かれ始める。この時第3層の時刻は1になり、新たな正方形が描かれ
始めるごとに第3層の時計が進められる。その第3層の時刻が周期(4)となると、今度は第4層の
時刻が進められ、第1~3層の時刻は0にリセットされ、エージェントは-90°回転する。これ
により正方形の連なりは下方向に展開される。これを4回繰り返すと小さい正方形の連なりを
辺とする中位の正方形(深緑の矢印の箇所)が形成される。このように第1層の時計による動作は
小さい正方形の一辺に相当し、第2層が小さい正方形、第3層が小さい正方形の連なりによる辺、
第4層が小さい正方形で構成される中位の正方形に相当する。同様の論理で、第5層の動作が中
位の正方形の連なりを作り、第6層の動作で中位の正方形で構成される大きな正方形が作られ
る。そして第7層の分岐動作で大きな正方形が上下左右に広がって行く。
では、この時階層エージェント・アルゴリズムで生成される階層的なグリッドにおいて、各層
の動作に対して乱数を適用したらどうなるであろうか。まずは最上階層の第7層の分岐の角度
をランダムにする(図1b)。第6層以下で形作られる大きな正方形は保たれるが、大きな正方
形同士の角度がずらされていることが見て取れる。
第6層で折れ曲がる角度のみをランダムにすると、図2aのように大きな正方形の内角が90°
でなくなる。一方第7層の角度は一定に戻されたため大きな正方形が直進して連なる様子も見
える。今度は第5層の周期をランダムにしてみる。すると図2bのように大きな正方形の代わ
りに様々な寸法の矩形が生成される。
第5層の角度をランダムにすると、中位の正方形の形状は保っているが、その連なりが直線状
でなくなる(図3a)。第4層の角度をランダムにすると中位の正方形であったものが、辺は
直線的だが不定形な形状となる(図3b)。
第3層の周期をランダムにすると、中位の正方形が以下のような多様な寸法の矩形になる。し
かしそれらが第5層の周期分の4個連なって、おぼろげに大きな正方形、または矩形のような
領域が形成される(図4a)。第3層の角度をランダムにすると中位の正方形の辺が直線的で
なくなり、曲線状の辺を持つ不定形な形状になる(図4b)。
第2層の角度をランダムにすると小さな正方形が直線的な辺ながらも不定形な形状になる(図
5a)。しかし中位の正方形の内部形状は保たれている。第1層の周期をランダムにすると、
小さい正方形の代わりに多様な寸法の小さな矩形が現れる(図5b)。小さな正方形の寸法が
多様になった結果、それらが4つ連なる辺で構成される中位の正方形(矩形)の寸法も多様にな
る。そしてまたその多様な寸法の中位の正方形または矩形が4つ連なって、大きな正方形また
は矩形が形成されて、ゆらぎを持ってはいるが図1aのグリッドに類似した大きなグリッドが
おぼろげに形成される。
そして最後に第1層の角度をランダムにすると、小さな正方形の辺も直線でなくなり、それが
構成する小さな正方形だった領域、中位の正方形だった領域、大きな正方形だった領域全てが
不定形となり直線的な連なりは無くなる(図6a)。
以上に見られるように、異なる階層に乱数を適用することよって強固な秩序と、柔軟な揺らぎ
のバランスが変化する。一見、図6aが最も秩序が失われているように見えるが、小さい閉領
域が4つ連なり中位の閉領域が形成されることや、中位の閉領域が4つ並んだ後に分岐するな
ど、トポロジカルな秩序は、衝突によりエージェントが停止しない限りは遵守されている。こ
のように適用階層による変化は、秩序と無秩序の間の変化ではなく、形態から読み取れる直感
的な意味での階層性またはモジュール性、秩序のスケール感の違いであると言える。
今度は複数の階層に同時に乱数を適用した例を示す。図6bは、第1~4層までのランダム化
を同時に適用した例であり、小・中・大の閉領域は見られるが、その展開はランダムウォーク
状になり、グリッドと直行分岐の秩序は希薄で、またランダムな角度による自己衝突が頻発し
て平面全体への展開が難しくなっている。また第1、3、5層での周期を小さい周期の2に固
定した場合を図7aに示し、1に固定した場合を図7bに示す。図7aでは小・中の閉領域は
見られるが大きい閉領域はほぼ見られなくなり、図8のような(実際の細胞には高度な構造と
秩序があるが)細胞集合の有機的な様相を呈する。図7bには閉領域のようなモジュールや秩序
は見られなくなり、単調で無秩序なランダム分岐の様相を呈している。
次に、組み合わせを制限して第1層の周期と第2層の角度のみをランダムにした場合の例を図
9に示す。この場合、直線的な秩序は希薄だが、図7a、bに比べて小・中・大の閉領域の秩序
は取り戻され、図6bに比べて局所的なグリッドまたは交差の秩序も多少見られ、古代のボト
ムアップに築かれた都市(例えば図10のガダミスの旧市街)のような、トップダウンで築かれ
た近代都市のグリッドとは異なる緩やかな秩序の特徴が見られる。
以上のように階層で異なる秩序・柔軟性の種類について見てきたが、この問題にはもう一つの
文脈がある。自然を参考にするエージェント・ベース・モデルを利用した設計、特に2000年
代より興ったスウォームやバイオ・ミメティクスによるコンピュテーショナルデザインに対す
る、創発性や複雑性が生まれはするが、それによって生成される形態の差異は局所的なレベル
に限られ、大局的に見ると単調な同一性があり、豊かな異質性・多様性は生まれ得ないという
批判と、それが故に建築は自然ではなくもっと人工物を参考にすべきという意見である。私自
身これまでエージェント・ベース・モデルを利用した設計や研究に携わってきたが、この前半
の批判には同意し、それは乗り越えるべき問題と考える。図11は筆者が作成したスウォーム・
エージェントと力の場によって生成された形態であるが、一見複雑に見え、多様な密度や空隙
形状があるように見える。しかし大局的に見ると、大体似たような大きさと形の種類の空隙が
繰り返され、全体が似たような平均的密度で構成されているようにも見える。また渦巻状の形
状は中心の回転場によりもたらされており、回転変形による形状操作であることが見て取れ、
創発性からは程遠い。図7aとbの形態にもこのような単調さは見て取れる。
しかしながら、その問題の原因は形態生成の仕組みを自然に求めたためではない。なぜなら自
然にはそのような単調で局所的な複雑性だけでなく、大局的な差異、豊かな異質性や多様性を
持ったものも多く見られるからである(例えば図12のような生物の各部位の差異)。そして
なおかつそれらは異質な部分から成り立っていても通低音のような一貫性すら有している。
つまり問題の原因は、我々の利用する自然を参考にした仕組みが未だ稚拙で単純なものであり、
自然の持つ多様性・一貫性・複雑性・秩序をもたらす高度な仕組みを我々が手にしていないた
めであると私は考える。自然は科学で解明し尽くされている訳ではないし、その仕組みを手に
する道のりは長いかもしれないが、だからといって自然を参考にすることを捨てるのは尚早で
ある。少なくとも上に示したように、これまでコンピュテーショナルデザインで利用されてき
たような自然を参考にした多くの仕組みには、階層性を生む仕組みが欠如していたのではない
かと私は考える。
更には、上記の各階層への乱数適用が生成する形態の種類には、直線的な秩序から、有機的な
秩序、果ては無秩序までの幅が見られたが、もしも自然の形態から建築物を含む人工物の形態
までを、物理学の統一場理論のように、統合的に分析・生成できる形態理論が存在するのであ
れば、反復と同様に階層が重要な要素となるのかもしれない。
パラメトリシズムのように、これまでの自然の知見を参考に連続性を追求することも、ディス
クリート派のように反復・集積するモジュールの離散性を追求するのも、オブジェクト志向存
在論建築のように哲学理論を参考に、近代やこれまでの現代建築における部分の集積と関係性
の論理に異を唱えオブジェクト性を追求するのも、それぞれ興味深い方向性であるが、一見対
立する自然と人工物の世界や連続性と離散性を統合的に扱えるような手法を探求するのも、等
しくエキサイティングな試みではないだろうか。