建築3Dとゲームを融合した仮想空間のデザイン
2022.05.10
パラメトリック・ボイス 隈研吾建築都市設計事務所 松長知宏
今回ご紹介するのは、かつて京橋にあったリクシルギャラリーで発表された[Multiplication]
というプロジェクトです。
こちらのプロジェクトは最近何かと耳にすることが多くなった「メタバース」に近いものかも
しれません。建物やインスタレーションを実物としてリアルな空間に作ったわけではなく、完
全にデジタル上の空間のみで完結したプロジェクトでした。
リクシルギャラリーでは毎年「クリエイションの未来展」という展覧会が企画されていて、弊
社も毎年参加させていただいておりました。ちょうどこの前年にはミュージシャンのサカナク
ション/山口一郎さん、ファッションデザイナーのANREALAGE/森永邦彦さんとコラボレーショ
ンした[more than Reason]という作品をこちらのギャラリーで発表していました(こちらも
別の機会で是非ご紹介させていただきたいと思います)。小さなギャラリーということもあり、
あまり大掛かりなことはできませんが、非常に実験的な展示を行なってきた経緯もあり、担当
者としては2020年も何か面白い試みができるのではと楽しみにしていましたが、コロナ禍に
より、展覧会の開催の見通しが立たなくなり、さらにはギャラリー自体が閉廊してしまうとい
う知らせまで受けました。
このままでは中止、という選択肢もありましたが、せっかく続けてきたクリエイションの未来
展がこのような形で終わってしまうのは非常に残念という思いから、なんとかしてアウトプッ
トにつなげられないかと考えたのがオンライン展覧会でした。
オンライン展覧会とした場合、ブラウザ上で映像などのコンテンツを閲覧できるようにして発
表するものは多くありましたが、あくまでもインタラクティブで空間を感じられるようなもの
にしたいということから、閉廊してしまうギャラリーを3Dデータとして保存し、その中を自
由に歩き回れるゲーム空間という形で展示するというアイデアに辿り着きました。
今回の作品を制作するにあたってはUnreal Engineを使っています。当時は簡単なムービー程
度を作ったことがあった程度でしたので、ゲームとしての作り込みについては所内で到底完結
することはできず、ヒストリアエンタープライズ様との共同により実現することができました。
普段建築CGにしか触れていない私たちにとって、彼らとの共同は非常に興味深いものでした。
特に印象的だったのが、ゲーム内の音の取り扱い方です。空間内を移動する速度だけでなく、
床の質感の変化(タイルからカーペットへ)までもが音により表現できることがわかりました。
階段を登る時の足音、早歩きになる時の足音、部屋に入る時の足音が視覚情報と重なり合いリ
アルな体験として感じられるようになっています。
当初は現実にあるギャラリーを厳密に再現することを考えていましたが、徐々にその必要がな
いことに気がつき、完全にデジタルだからこそ出来る表現を使った「抽象空間」という部屋を
作ることにしました。
「抽象空間」では、木組みやパネルがプレイヤーの移動に合わせ重なり合います。実際には存
在しない空間ではありますが、現実の建築や空間から受け取る体験、感覚に合わせるようにデ
ザインの検討を進めました。そしてここでも「音」が良い仕事をしてくれました。実際にその
空間内にいる訳ではないのですが、「音」が加わることで、空間のリズムの中にいるような体
験を表現できたと思います。
あくまでも今回のゲーム空間は1人称ということで、メタバースという話までは行かないかも
しれませんが、インタラクティブなバーチャル展示としては可能性を感じるものでした。
特に、「現実にできる限り近づけようとした空間」と「現実にはあり得ない空間」を一つの体
験の中に表現できたことが大きかったと思います。
仮想空間のデザインについては今後ますます議論が活発になると思いますが、それ以上に現実
にリリースされる技術やサービスの方が先に進みそうでもあり非常に楽しみです。